雪といひ初雪といひ直しけり
藤崎久を
心情の機微が端的にあらわされている句だ。
誰かとともに外にいるのだろう。言い直すというところに聞き手の存在が思われる。はじめは降っていることに気が付いて、ただそれに意識が取られて「雪」と言ったのだが、次に傍の人が意識に入ってきて、「初雪」と言い直したのだろう。「雪」は眼前のありていだが、「初雪」は共有される情報である。「初雪」という言葉には、柔らかさと幸福感があり、また「初」という一回性のうっすらとした寂しさがある。抒情的な言葉である。
別に誰かと連れ立っておらずとも、独白の句として読みが成り立つちはする。ただ、その場合も、一人ではあるが、自分も含めた聞き手に対する意識が、言い直すことからはうかがえるのではないか。それが自分であること、あるいは不在であることが寂しさをかえってかきたてる。表はいくぶんか幸福であっても、その裏は多かれ少なかれ寂しい、そういう句と思う。
(安里琉太)
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【執筆者プロフィール】
安里琉太(あさと・りゅうた)
1994年沖縄県生まれ。「銀化」「群青」「滸」同人。句集に『式日』(左右社・2020年)。 同書により、第44回俳人協会新人賞。
2020年10月からスタートした「ハイクノミカタ」。【シーズン1】は、月曜=日下野由季→篠崎央子(2021年7月〜)、火曜=鈴木牛後、水曜=月野ぽぽな、木曜=橋本直、金曜=阪西敦子、土曜=太田うさぎ、日曜=小津夜景さんという布陣で毎日、お届けしてきた記録がこちらです↓
【安里琉太のバックナンバー】
>>〔63〕海鼠切りもとの形に寄せてある 小原啄葉
>>〔62〕枯蓮のうごく時きてみなうごく 西東三鬼
>>〔61〕ほほゑみに肖てはるかなれ霜月の火事の中なるピアノ一臺 塚本邦雄
>>〔60〕あたゝかき十一月もすみにけり 中村草田男
>>〔59〕デパートの旗ひらひらと火事の雲 横山白虹
>>〔58〕個室のやうな明るさの冬来る 廣瀬直人
>>〔57〕ほこりつぽい叙情とか灯を積む彼方の街 金子兜太
>>〔56〕一瞬で耳かきを吸う掃除機を見てしまってからの長い夜 公木正
>>〔55〕底紅や黙つてあがる母の家 千葉皓史
>>〔54〕仲秋の金蠅にしてパッと散る 波多野爽波
>>〔53〕つきの光に花梨が青く垂れてゐる。ずるいなあ先に時が満ちてて 岡井隆
>>〔52〕ひるすぎの小屋を壊せばみなすすき 安井浩司
>>〔51〕ある年の子規忌の雨に虚子が立つ 岸本尚毅
>>〔50〕ときじくのいかづち鳴つて冷やかに 岸本尚毅
>>〔49〕季すぎし西瓜を音もなく食へり 能村登四郎
>>〔48〕みづうみに鰲を釣るゆめ秋昼寝 森澄雄
>>〔47〕八月は常なる月ぞ耐へしのべ 八田木枯
>>〔46〕まはし見る岐阜提灯の山と川 岸本尚毅
>>〔45〕八月の灼ける巌を見上ぐれば絶倫といふ明るき寂寥 前登志夫
>>〔44〕夏山に勅封の大扉あり 宇佐美魚目
>>〔43〕からたちの花のほそみち金魚売 後藤夜半
>>〔42〕雲の中瀧かゞやきて音もなし 山口青邨
>>〔41〕又の名のゆうれい草と遊びけり 後藤夜半
>>〔40〕くらき瀧茅の輪の奥に落ちにけり 田中裕明
>>〔39〕水遊とはだんだんに濡れること 後藤比奈夫
>>〔38〕ぐじやぐじやのおじやなんどを朝餉とし何で残生が美しからう 齋藤史
>>〔37〕無方無時無距離砂漠の夜が明けて 津田清子
>>〔36〕麦よ死は黄一色と思いこむ 宇多喜代子
>>〔35〕馬の背中は喪失的にうつくしい作文だった。 石松佳
>>〔34〕黒き魚ひそみをりとふこの井戸のつめたき水を夏は汲むかも 高野公彦
>>〔33〕露地裏を夜汽車と思ふ金魚かな 攝津幸彦
>>〔32〕プラタナス夜もみどりなる夏は来ぬ 石田波郷
>>〔31〕いけにえにフリルがあって恥ずかしい 暮田真名
>>〔30〕切腹をしたことがない腹を撫で 土橋螢
>>〔29〕蟲鳥のくるしき春を不爲 高橋睦郎
>>〔28〕春山もこめて温泉の国造り 高濱虚子
>>〔27〕毛皮はぐ日中桜満開に 佐藤鬼房
>>〔26〕あえかなる薔薇撰りをれば春の雷 石田波郷
>>〔25〕鉛筆一本田川に流れ春休み 森澄雄
>>〔24〕ハナニアラシノタトヘモアルゾ 「サヨナラ」ダケガ人生ダ 井伏鱒
>>〔23〕厨房に貝があるくよ雛祭 秋元不死男
>>〔22〕橘や蒼きうるふの二月尽 三橋敏雄
>>〔21〕詩に瘦せて二月渚をゆくはわたし 三橋鷹女
>>〔20〕やがてわが真中を通る雪解川 正木ゆう子
>>〔19〕春を待つこころに鳥がゐて動く 八田木枯
>>〔18〕あっ、ビデオになってた、って君の声の短い動画だ、海の 千種創一
>>〔17〕しんしんと寒さがたのし歩みゆく 星野立子
>>〔16〕かなしきかな性病院の煙出 鈴木六林男
>>〔15〕こういうひとも長渕剛を聴くのかと勉強になるすごい音漏れ 斉藤斎藤
>>〔14〕初夢にドームがありぬあとは忘れ 加倉井秋を
>>〔13〕氷上の暮色ひしめく風の中 廣瀬直人
>>〔12〕旗のごとなびく冬日をふと見たり 高浜虚子
>>〔11〕休みの日晝まで霜を見てゐたり 永田耕衣
>>〔10〕目薬の看板の目はどちらの目 古今亭志ん生
>>〔9〕こぼれたるミルクをしんとぬぐふとき天上天下花野なるべし 水原紫苑
>>〔8〕短日のかかるところにふとをりて 清崎敏郎
>>〔7〕GAFA世界わがバ美肉のウマ逃げよ 関悦史
>>〔6〕生きるの大好き冬のはじめが春に似て 池田澄子
>>〔5〕青年鹿を愛せり嵐の斜面にて 金子兜太
>>〔4〕ここまでは来たよとモアイ置いていく 大川博幸
>>〔3〕昼ごろより時の感じ既に無くなりて樹立のなかに歩みをとどむ 佐藤佐太郎
>>〔2〕魚卵たべ九月些か悔いありぬ 八田木枯
>>〔1〕松風や俎に置く落霜紅 森澄雄
【セクト・ポクリット管理人より読者のみなさまへ】