ハイクノミカタ

泥棒の恋や月より吊る洋燈 大屋達治【季語=月(秋)】


 泥棒の恋やより吊る洋燈ラムプ 

大屋達治
(『繍鸞』)

 小学生の頃、ポプラ社の「怪盗ルパンシリーズ」(南洋一郎訳)を夢中になって読んだ。独特の翻訳だったと言われているが、南洋一郎の筆力は少年少女を魅了した。テレビでは、アニメ「ルパン三世」(モンキー・パンチ原作)が放送されており、日本での怪盗ルパンの知名度は高い。アルセーヌ・ルパンの生みの親であるモーリス・ルブランは、フランスでは有名な小説家だが、世界的な知名度では、シャーロック・ホームズを生んだイギリスのアーサー・コナン・ドイルには負ける。フランス人が日本を訪れた際に、ホームズよりもルパンの人気が高く驚いたという逸話もある。江戸川乱歩の「少年探偵シリーズ」に登場する怪人二十面相もまた怪盗ルパンの影響を受けており、少年少女には人気であった。

 怪盗や泥棒というものは、犯罪者であり反社会的な存在である。それがヒーローになってしまうのは不思議なことである。ルパンも二十面相も殺人はせず、少年少女に対しては優しい。世間を驚かすことが好きで奇術を用い美術品を盗む。予告状を送り付け、警備の目をくらまし犯行を成し遂げる有言実行の行動力も魅力的だ。美術品の価値を見極める目利きの一面もあるし、宝の在処を示す暗号を読み解く知性もある。刑事や探偵を鮮やかにかわし翻弄する姿は、庶民には英雄に映った。

 江戸時代後期の泥棒鼠小僧次郎吉は、大名屋敷のみを狙い人を傷つけることがなかったため義賊として人気が高い。俊敏な動作は忍者のようであり、十年間に荒らした屋敷は、95箇所で839回、盗んだ金は三千両余りと伝わる。池波正太郎の『雲霧仁左衛門』も驚きである。捕縛された時には、無一文であったことから「金に困った貧しい者に、汚職大名や悪徳商家から盗んだ金銭を分け与えた」という伝説が付加された。市中引き回しの際には、鼠小僧を一目見ようと見物人が押し寄せた。庶民の英雄となった鼠小僧には、美しい着物が着せられ化粧まで施された。歌舞伎や小説で語り継がれ、両国にある回向院の墓には、今も参拝客が絶えない。鼠小僧の人気の背景には、江戸時代の武家社会への不満があった。反権力の象徴的な存在として祭り上げられたともいえる。

 鼠小僧は、少年の頃に奉公先を飛び出し鳶職人になったが長続きせず、賭博で身を持ち崩し盗賊となった、いわゆるダメな男だ。女は、そんなダメな男が好きである。妻や妾が複数いたが、捕縛直前に離縁状を渡しており、連座の迷惑を掛けなかった。情を持って女に接していたことが分かる逸話である。金品だけでなく、女の心も庶民の心も盗んでしまった大泥棒である。

 日本において怪盗ルパンが人気を博した背景には、鼠小僧があるのだろう。時代を遡れば、平安時代に暴れた海賊や戦国時代の忍者なども英雄である。社会に順応できない事情を抱えた者たちが、特殊な能力と機知を活かし盗みを働きながらしたたかに生きてゆく。反権力でありつつも、時には政治を動かす力となり暗躍した。

  泥棒の恋や月より吊る洋燈ラムプ 大屋達治

 作者は、東京大学在学中にホトトギスの同人であった山口青邨に師事し伝統俳句を学ぶ一方で前衛俳句の旗手である高柳重信にも師事する。後に有馬朗人の「天為」創刊に参加し編集長を経て、現在は編集顧問。若手俳人を育成する目利きの選者である。兵庫県出身だが、定住することとなった千葉県の房総の風土を詠んだ句が魅力だ。愛妻家としても知られている。掲句は、前衛俳句の拠点「豈」の同人になった頃の若き日の句である。

 泥棒の恋なのか恋の泥棒なのか。物を盗むのも泥棒だが、人の恋人を奪うのも泥棒だ。〈月より吊る洋燈〉という表現により、神出鬼没の怪盗アルセーヌ・ルパンを想起させる。洋館のバルコニーに吊られた洋燈は、屋上から縄を伝って降りてくる怪盗のよう。その灯りは、月の光をも盗んでいるのだ。

 ふと『奇巌城』の冒頭の場面が思い浮かんだ。伯爵邸に住まうレイモンド嬢は、夜中に目を覚まし物音のする部屋を開けると月光に照らされたルパンが絵画を盗み出そうとしていた。勇敢なレイモンド嬢は、素早く逃げるルパンを猟銃で撃ち追いかける。だが、庭の洞窟に逃げ込んだルパンを介抱し匿っているうちに心まで盗まれてしまう。翻訳や脚色により演出の仕方は違うのだが、有名な場面である。薄幸な令嬢と怪盗が恋に落ちた瞬間は、月明りの部屋で目が合った時だと思っている。泥棒の心もまた、令嬢の美しい瞳により盗まれてしまったのだ。

 ルパンが泥棒になった背景には、フランス革命より百年を経た当時の根強い階級差別がある。貴族出身の母は平民の父と駆け落ちをしてルパンを生む。父の死後は、ライバル貴族であった友人の下女となり屋根裏でルパンを育てる。貴族の友人は、美貌の母への嫉妬もあり辛く当たった。母が病気になっても労働を強い薬も与えない。幼いルパンは母を救うため、貴族への復讐のため、その家の家宝である王妃の首飾りを盗む。病状の悪化により働けなくなった母は、屋敷を追われ農村のあばら家で息を引き取る。身分違いの父への愛を貫き、命がけで自分を守ってくれた美しい母への想いがルパンの恋を支配してゆくことになる。薄幸な令嬢の心を盗むルパンの恋はいつも儚い。

 沢山の美術品を盗み、恋を盗んでも満たされることのなかった泥棒。それは、月の明りを盗んでもひと時の灯火でしかない洋燈のようだ。月にはなれないが、庶民の闇を照らす身近で温かい英雄の姿だ。

篠崎央子


篠崎央子さんの句集『火の貌』はこちら↓】


【執筆者プロフィール】
篠崎央子(しのざき・ひさこ)
1975年茨城県生まれ。2002年「未来図」入会。2005年朝日俳句新人賞奨励賞受賞。2006年未来図新人賞受賞。2007年「未来図」同人。2018年未来図賞受賞。2021年星野立子新人賞受賞。俳人協会会員。『火の貌』(ふらんす堂、2020年)により第44回俳人協会新人賞。「磁石」同人。


2020年10月からスタートした「ハイクノミカタ」。【シーズン1】は、月曜=日下野由季→篠崎央子(2021年7月〜)、火曜=鈴木牛後、水曜=月野ぽぽな、木曜=橋本直、金曜=阪西敦子、土曜=太田うさぎ、日曜=小津夜景さんという布陣で毎日、お届けしてきた記録がこちらです↓


【篠崎央子のバックナンバー】
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>>〔110〕昼の虫手紙はみんな恋に似て 細川加賀
>>〔109〕朝貌や惚れた女も二三日 夏目漱石
>>〔108〕秋茄子の漬け色不倫めけるかな 岸田稚魚
>>〔107〕中年や遠くみのれる夜の桃 西東三鬼
>>〔106〕太る妻よ派手な夏着は捨てちまへ ねじめ正也
>>〔105〕冷房とまる高階純愛の男女残し 金子兜太
>>〔104〕白衣とて胸に少しの香水を   坊城中子
>>〔103〕きつかけはハンカチ借りしだけのこと 須佐薫子
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>>〔101〕姦通よ夏木のそよぐ夕まぐれ  宇多喜代子
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>>〔98〕さよならと梅雨の車窓に指で書く 長谷川素逝
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>>〔45〕散るときのきてちる牡丹哀しまず 稲垣きくの
>>〔44〕春の水とは濡れてゐるみづのこと  長谷川櫂
>>〔43〕人妻ぞいそぎんちやくに指入れて   小澤實
>>〔42〕春ショール靡きやすくて恋ごこち   檜紀代
>>〔41〕サイネリア待つといふこときらきらす 鎌倉佐弓


>〔40〕さくら貝黙うつくしく恋しあふ   仙田洋子
>〔39〕椿咲くたびに逢いたくなっちゃだめ 池田澄子
>〔38〕沈丁や夜でなければ逢へぬひと  五所平之助
>〔37〕薄氷の筥の中なる逢瀬かな     大木孝子
>〔36〕東風吹かば吾をきちんと口説きみよ 如月真菜
>〔35〕永き日や相触れし手は触れしまま  日野草城
>〔34〕鞦韆は漕ぐべし愛は奪ふべし    三橋鷹女
>〔33〕毒舌は健在バレンタインデー   古賀まり子
>〔32〕春の雪指の炎ゆるを誰に告げむ  河野多希女
>〔31〕あひみての後を逆さのかいつぶり  柿本多映
>〔30〕寒月下あにいもうとのやうに寝て 大木あまり
>〔29〕どこからが恋どこまでが冬の空   黛まどか
>〔28〕寒木が枝打ち鳴らす犬の恋     西東三鬼
>〔27〕ひめはじめ昔男に腰の物      加藤郁乎
>〔26〕女に捨てられたうす雪の夜の街燈  尾崎放哉
>〔25〕靴音を揃えて聖樹まで二人    なつはづき
>〔24〕火事かしらあそこも地獄なのかしら 櫂未知子
>〔23〕新宿発は逃避行めき冬薔薇    新海あぐり
>〔22〕海鼠噛むことも別れも面倒な    遠山陽子
>〔21〕松七十や釣瓶落しの離婚沙汰   文挾夫佐恵

>〔20〕松葉屋の女房の円髷や酉の市  久保田万太郎
>〔19〕こほろぎや女の髪の闇あたたか   竹岡一郎
>〔18〕雀蛤となるべきちぎりもぎりかな 河東碧梧桐
>〔17〕恋ともちがふ紅葉の岸をともにして 飯島晴子
>〔16〕月光に夜離れはじまる式部の実   保坂敏子
>〔15〕愛断たむこころ一途に野分中   鷲谷七菜子
>〔14〕へうたんも髭の男もわれのもの   岩永佐保
>〔13〕嫁がねば長き青春青蜜柑      大橋敦子
>〔12〕赤き茸礼讃しては蹴る女     八木三日女
>〔11〕紅さして尾花の下の思ひ草     深谷雄大
>>〔10〕天女より人女がよけれ吾亦紅     森澄雄
>>〔9〕誰かまた銀河に溺るる一悲鳴   河原枇杷男
>>〔8〕杜鵑草遠流は恋の咎として     谷中隆子
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>>〔5〕新婚のすべて未知数メロン切る   品川鈴子
>>〔4〕男欲し昼の蛍の掌に匂ふ      小坂順子
>>〔3〕梅漬けてあかき妻の手夜は愛す  能村登四郎
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>>〔1〕ダリヤ活け婚家の家風侵しゆく  鍵和田秞子


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