ハイクノミカタ

霜夜子は泣く父母よりはるかなものを呼び 加藤楸邨【季語=霜夜(冬)】


霜夜子は泣く父母よりはるかなものを呼び

加藤楸邨

霜を踏んで来る音もない静まり返った夜であろう。地も中空も冷えに張りつめて、またどこも冷えが漂っている。こうした冷えのイメージは空間的な広さを思わせ、夜の静かさをことさら引き立てる。限りない静謐な夜の広がりを子の泣き声は孤独に響き渡る。

この「子」はどれくらいの年齢なのだろう。夜泣きをするような赤ん坊か、物心の付き始めたくらいの2・3歳頃か、それとも5・6歳頃か。

「父母よりはるかなもの」というのは、様々に読める措辞だ。身近にいる父母よりも距離として遥かな、ともすれば物理的な遠ささえ突き抜けた超越的な「はるかなもの」を呼んでいるとも読めるし、関係性として身近な存在である父母よりももっと遥かな、いわば「子」にとって更に原初的な「はるかなもの」を呼んでいるとも読める。

この句を読むと、小学校に上がるか上がらないかくらいの時分、無性に「死」というものが怖くて仕方なかったことを思い出す。

安里琉太



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【執筆者プロフィール】
安里琉太(あさと・りゅうた)
1994年沖縄県生まれ。「銀化」「群青」「」同人。句集に『式日』(左右社・2020年)。 同書により、第44回俳人協会新人賞


2020年10月からスタートした「ハイクノミカタ」。【シーズン1】は、月曜=日下野由季→篠崎央子(2021年7月〜)、火曜=鈴木牛後、水曜=月野ぽぽな、木曜=橋本直、金曜=阪西敦子、土曜=太田うさぎ、日曜=小津夜景さんという布陣で毎日、お届けしてきた記録がこちらです↓



安里琉太のバックナンバー】

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>>〔67〕一天の玉虫光り羽子日和    清崎敏郎
>>〔66〕古きよき俳句を読めり寝正月  田中裕明
>>〔65〕スバルしずかに梢を渡りつつありと、はろばろと美し古典力学 永田和宏
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>>〔7〕GAFA世界わがバ美肉のウマ逃げよ  関悦史
>>〔6〕生きるの大好き冬のはじめが春に似て 池田澄子
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>>〔4〕ここまでは来たよとモアイ置いていく 大川博幸
>>〔3〕昼ごろより時の感じ既に無くなりて樹立のなかに歩みをとどむ 佐藤佐太郎
>>〔2〕魚卵たべ九月些か悔いありぬ  八田木枯
>>〔1〕松風や俎に置く落霜紅      森澄雄


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