もしあの俳人が歌人だったら

【連載】もしあの俳人が歌人だったら Session#19

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【連載】
もしあの俳人が歌人だったら
Session #19


気鋭の歌人のみなさんに、あの有名な俳句の作者がもし歌人だったら、を想像(妄想)していただくコーナー。今月のお題は、飯田龍太の〈一月の川一月の谷の中〉。鈴木美紀子さん、服部崇さん、三潴忠典さんの御三方にご回答いただきました。


【2023年1月のお題】


【作者について】
飯田龍太(1920―2007)は、山梨県を代表する俳人。父・飯田蛇笏から俳誌「雲母」を継承し、900号を迎えた1992年8月まで主宰。自然の中での生活、風土を柔軟な感性と格調高い文体で詠んだ句が特色。1969年、第4句集『忘音』で第20回読売文学賞受賞。俳壇の最高の名誉とされる蛇笏賞の選考委員は、1976年より2004年まで務めた。郷土山梨での文芸活動にも携わり、やまなし文学賞や山梨県立文学館の創設にも関わった。


【ミニ解説】

お正月を過ぎると暦の上では「寒」に入ります。

日の長さで一年を二十四に分割した「二十四節気」では、1月6日ごろが「小寒」にあたり、俳句ではその日のことを「寒に入る」、以降の日々を「寒の内」ともいいます。かつては年賀状を出しそびれて「寒中見舞い」を送るなんてこともままありました。

すでに冬至は過ぎて、着実に夕暮れの時間は遅くなっていく時期ですが(「日脚伸ぶ」は晩冬の代表的な季語のひとつ)、寒さはいよいよここから。1月20日ごろが「大寒」で、今年も寒波到来のニュースが届いています。とはいえ、日照時間が伸びて草木が少しずつ芽吹き始めることもあり、春の兆しも一方にはあり、2月5日ごろには「立春」を迎えることになります。

 一月の川一月の谷の中  飯田龍太

いまではすっかり廃れてしまいましたが、昔はお正月に「若水」を汲むという風習が各地にありました。元朝、まだ人に会わないうちに汲んだ水をまず神棚に供え、年神への供物や家族の食事を作ることで、一年の平安を祈っていたようです。朝晩に冷気を増した水は、「霊気」も増すように感じられていたのでしょう。正月を過ぎても「一月の川」には、独特のオーラが感じられそう。

作者の飯田龍太は、浪人生時代から故郷を離れて東京で下宿生活をしていたのですが、病気のために数年ほどで山梨に戻ることになりました。それは早稲田大学英文科に入学するも帰郷の命を受け学業を断念し、早大を中退した父・蛇笏の人生とも重なります。父からは俳誌「雲母」を継承し、その自宅はいまも「山廬」と呼ばれて、俳人の聖地のひとつになっています。

つまり作者を知っていると、この「一月の川」「一月の谷」からは、冬の山梨の渓谷を思い浮かべることになります。

ところで、俳句評論家の筑紫磐井さんは、『飯田龍太の彼方へ』(1994年)のなかで、中期以降の龍太の句集には、対句表現、特定の季語の愛用など独特な類型化が多数あることを指摘しています。

龍太の代表作でもある掲句でも、「一月の川」と「一月の谷」というふたつのものが、「中」という単純な空間表現によって、入れ子構造になっています。「一月の」の反復は十七音という制約をさらに厳しいものにしながら、まるでフォルマリズム絵画のような言葉の働かせ方を行っているみたい。

だからこそ、俳句のことをあまり知らない読者に見せると、どこがいいのかさっぱりわからない、という答えがよく返ってきます。いや、俳句をつくっていても同じ答えが返ってくることが多い。リズムのよさを除けば、「一月」も「山」も「川」もあまりに雑駁としていて、なかなか想像力が広がっていかないのですから仕方がないですよね。

俳句は「名詞」が中心の文芸です。しかし、名詞にもいろいろ。たとえば、小学校低学年で習うような漢字は、どれも大掴みで、具体性に乏しいものばかりです。そうしたミニマルな言葉で組み立てられた俳句は、小説のような描写のリアリティとはまったく逆の方向に向かうことになります。まるで一筆書きのような、ピカソのへたうまなデッサンのようなもの。

そういえば、「一」も「月」も「山」も「川」も、小学校一年生で習う漢字です。短歌においても、一年生で習う漢字だけを使って、一月の大自然を「へたうま」に詠むということが可能なのでしょうか? それらの言葉はまたべつの次元の抽象性へと向かっていくのでしょうか?



「明けましておめでとうございます」と言うのを今年はさすがに躊躇してしまいました。未だ疫病や彼の国の戦いが収まる兆しはなく、明るい展望を見いだせない今、「おめでとう」の言霊が苦しんでいる誰かの心をうっすら傷つけてしまいそうと感じたからです。手紙に「お元気ですか」と記すことが迂闊に思えたり、お隣に果物をお裾分けする際、(ご迷惑にならないかな)と迷ったり。自分の基準や正さが誰かの基準や正さとぶつからないよう不自然なほど心が知覚過敏になっているみたいです。

そんなとき、日々のニュースで更新される感染者や犠牲者の何百、何千の数の向こうで掛け替えのない「一」という数が佇んでいる気配に思いを馳せます。ある意味「一」という数は何百、何千、何万という数より強い。「一」は少ない数でも切り捨てられる数でも孤独な数でもなく、存在の拠り所として起立する尊い数。「一」に言霊ならぬ「数霊」が宿っているとしたら、せめてわたしは自分だけの「一」を守るしかなく……。                                        
                                           
結局、わたしの「おめでとう」の言霊は一月の冷たい空気に吐いた溜息の白さで消えてしまうのでしょう。それでも、遥か彼方の月さえ水面に映せば手のひらに掬い取れる……。そんな〈心の自然〉とのふれあいを大切にしていけたら、と願う一年のはじめです。                                      

(鈴木美紀子)



小学校一年生で習う漢字を調べてみると八十字あるようだ。一画が「一」、二画が「二」、「人」、「入」、「力」など。「小」、「学」、「校」も一年生で習う。「中」、「大」も習うので、中学、大学には入学できるが、「高」は習わない(「卒」、「業」も習わない)ので、高校を卒業できない。数は、「一」から「十」までと、「百」、「千」を習うので、日常生活にそれほど不自由はないが、「万」、「億」、「兆」は習わない。「男」、「女」の区別はできるが、LGBTQは表現できない。

身体の部位については、「目」、「耳」、「口」、「手」、「足」は習うが、たとえば「鼻」、「腹」、「腰」、「髪」は習わない。方向は、「右」、「左」、「上」、「下」を指し示すことができる。「月」、「日」は習うが、「年」は習わない。色の種類については、「赤」、「白」、「青」は習うが、「黄」、「紫」、「橙」は習わない。

自然については、「山」、「川」は習うが、「海」は習わない。「雨」は習うが、「晴」、「曇」は習わない。小学校一年生で習う漢字の中で最も画数が多いのが「森」の十二画である。「夕」は習うが、「朝」、「昼」、「夜」は習わない。「見」は習うが、「聞」は習わない。「正」は習うが、「誤」は習わない。小学一年生は正しいことはしてもよいが誤ったことはしてはいけないようだ。

ということで、画数順に「一」(一画)、「人」(二画)、「山」(三画)、「上」(三角)、「月」(四画)、「正」(五画)、「立」(五画)、「出」(五画)、「見」(七画)、「空」(八画)、「森」(十二画)の十一の漢字を用いた一首をここに記しておく。

(服部崇)



大晦日は雪のことが多く、元日は晴れのことが多い。年末まで大変だったけれど、今年はよい年になりそうだなあ。そうなってほしい気がするだけかもしれないし、事実としてそのようなことが多い気もする。

今年の年始は固定資産税のために飛行機が飛んでいるとSNSで話題になったらしい。3年に一度の評価替えのために、全国の自治体が航空写真の撮影を発注するのだ。狙うべくは賦課期日の1月1日。当市(橿原市)ももちろんのこと写真測量をしてもらったのだが、雲一つない晴天はなかなかやって来ず、航測会社から撮影できたという報告をもらったときにはほっとした。ちなみに、前回は1月2日に撮影できて、ガッツポーズをした。

単に晴れていればよいというのではなく、雲一つない青空、すなわち青天。しかしながら、晴れすぎていても屋根の照り返しで写真が白飛びしてしまうらしい。農家の野焼きの煙も大敵だ。お天道様と、人々の営みのどちらにも恵まれて、航空写真測量が今年も実施されたようである。

(三潴忠典)


【今月、ご協力いただいた歌人のみなさま!】

◆鈴木美紀子(すずき・みきこ)
1963年生まれ。東京出身。短歌結社「未来」所属。同人誌「まろにゑ」、別人誌「扉のない鍵」に参加。2017年に第1歌集『風のアンダースタディ』(書肆侃侃房)を刊行。
Twitter:@smiki19631

◆服部崇(はっとり・たかし)
心の花」所属。居場所が定まらず、あちこちをふらふらしている。パリに住んでいたときには「パリ短歌クラブ」を発足させた。その後、東京、京都と居を移しつつも、2020年まで「パリ短歌」の編集を続けた。歌集に『ドードー鳥の骨――巴里歌篇』(2017、ながらみ書房)『新しい生活様式』(2022、ながらみ書房)
Twitter:@TakashiHattori0

◆三潴忠典(みつま・ただのり)
1982年生まれ。奈良県橿原市在住。博士(理学)。競技かるたA級五段。競技かるたを20年以上続けており、(一社)全日本かるた協会近畿支部事務局長、奈良県かるた協会事務局長。2010年、NHKラジオ「夜はぷちぷちケータイ短歌」の投稿をきっかけに作歌を始める。現在は短歌なzine「うたつかい」に参加、「たたさんのホップステップ短歌」を連載中。Twitter: @tatanon (短歌なzine「うたつかい」: http://utatsukai.com/ Twitter: @utatsukai


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