神保町に銀漢亭があったころ【第45回】西村厚子

実山椒

西村厚子(西村麒麟マネージャー)

初めて銀漢亭に連れて行ってもらったのは付き合い始めの、麒麟(現夫)にだった。

最初は俳句なんてわからないし、俳句をやらない私なんかが来ていいのかしらと少し戸惑っていたのを覚えている。いろんな方が声をかけてくれたり、伊那男さんがお菓子をくれたのが印象深い。ビニール袋にいくつか入ったお菓子をこっそり渡してくれ、お礼を言うと、伊那男さんは口を横にひいてうんと微笑んでいた。

そのうち一人でも飲みに行く事の出来るお店になった。

同じ職場で働く私たちは仕事帰りによくお店に寄っていた。18時半までに行くとビールが1杯目だけ200円になる。お腹が空いて近くの「いもや」で口の中を火傷しながら急いで天丼を頬張って(イカが噛みきれなくてよく上顎を火傷していた。そして海苔の天ぷらが好きだった)銀漢亭にダッシュで行くこともあった。

(角川俳句賞受賞パーティの2次会にて。貴重な麒麟・厚子夫婦のツーショット!)

ある日いつものように飲みにいくと、銀漢亭のメニューにある、ちりめん山椒の仕込みの作業中だった。

しばらく見ながら飲んでいたが、やってみたくなって手伝わせてもらった。

箱いっぱいの実山椒を枝と軸を外してボールに入れていく。

この作業をしている時、目とかかいたらダメだよーとA姉。大変なことになるよと。

単純作業だけど、やってみたら楽しくてあっという間に終わってしまった。

よーく手を洗ってから、お手伝いのお駄賃でビールを1杯いただいた気がする。

(この実山椒も銀漢亭の風物詩のひとつでした)

存在を知ると実山椒が売られているとすぐに見つけることができた。それ以後、初夏が来ると家でちりめん山椒を作っている。ジャコは築地の馴染みの乾物屋さんで調達している。

あれから5年、今年は作らなかった。来年は銀漢亭を思い出しながら作ってみようと思う。

俳句をやらない私でも伊那男さんをはじめ、沢山の俳人に可愛がっていただいた。

俳句と俳句を愛する素敵な大人たちに出会え、素敵な楽しい時間にお邪魔できたことを第二の青春のような宝物のように思う。

(写真右から西村厚子さん、相沢文子さん、今泉礼奈さん)

【執筆者プロフィール】
西村厚子(にしむら・あつこ)
1985年長野生まれ、千葉育ち。
築地勤務、兼西村麒麟マネージャー
好きなものは食(料理・器・テーブルコーディネート)、カメラ、神輿、西村麒麟。


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