連載・よみもの

【短期連載】茶道と俳句 井上泰至【第3回】


【第3回】
「水無月」というお菓子―暦、行事、季語


「滑稽」は本当に「月並」か?

   えぼし着た心でくゞる茅の輪かな 桜井梅室

 梅室は、子規がこてんぱんにやっつけた月並宗匠である。しかし、そんなに悪い句とも思えない。説明的と言えば言えるが、これくらいのことは昭和・平成の代表的な俳人も、数は少ないがやっている。

   尾を噛める天丼の蓋夏越かな   中原道夫

 天丼の蓋を茅の輪に見立て、ご利益なく、運命の茅の輪にひっかかって人間に食べられる海老の哀れと笑い。「月並宗匠と一緒くたにするな」と中原さんに怒られそうだが、神官同様の烏帽子を心の中で着るという、俗な信心という点で、江戸の月並大宗匠と中原さんは同じ精神に立っている。だから、真面目な「写生」を柱とする近代俳句の主流から見て、中原さんの遊び心は理解され難い。

 俳句は、祈りの文学ではあるが、むしろそれは和歌の本領である。当代一の和歌研究者渡部泰明さんは、古典和歌の特質に祈る心をあげておられる(『和歌史』)。正面から祈りをするのが、オーソドックスな和歌なら、俳諧は、利休茶と同様の「革命」であったのだから、梅室のような詠み方は典型的なそれであったし、中原さんはその伝統につながると言っていいのだ。

 こうした梅室の詠み方を、散文的だとして子規が「写生」を唱えた結果、「見立て」遊びは厳禁という新たな「心」のルールが支配的になり、茅の輪とそれをくぐる様態の観察が主流となった。

   一蝶一円に一引く注連の茅の輪かな  松本たかし

   一蝶の現れくぐる茅の輪かな     深見けん二

   ためらはず雨の茅の輪をくぐりけり  片山由美子

 ここまでくれば、夏越の俳句も和歌同様の真面目さに至りついたというべきか。子規の「写生」説効果は、夏越から「滑稽」を排除する「心」のルール、あるいはモラルとなっていると言えば言いすぎだろうか?俳句はそれぞれあっていいのだが、「滑稽」を完全排除するような言説がまかり通るようになっては、失うものが大きい。

和菓子の見立てとその心

 その点、和菓子には「見立て」の遊びと、「祈り」の真摯さがほどよく調和していて好ましい。六月といえば、京都生まれ京都育ちの身には懐かしい和菓子が、「水無月」である。白いういろうの上に甘く煮た小豆をのせ、三角形に切り分けたもので、京都では夏越の祓が行われる6月30日に、1年の残り半分の無病息災を祈念してこれを食べる風習がある。伝統があるように見えるが、実は昭和に京都の菓子屋が発案したに過ぎない(藤本如泉『日本の菓子』)。

 だいたい、旧暦でなく新暦の夏越の祓に対応しているのだから、古そうに見えて新しい。明治になって定着した、初詣や七五三と同様のものだ。でも、それでいい。梅雨の最中の新暦の七夕などいかんと言って目くじらを立てているうちに、祭りがクリスマスやハロウィンばかりなっては植民地の風景だ。新暦でも七夕祭は残しておけば、「心」の植民地支配は免れる。明治初年、政府主導による俳諧教導職は、文学史の観点から評判が悪いが、「民俗」の「心」を残す意味で、俳句や神道行事が有効であるとする視点は、個人的には失いたくない。

 ただし、その精神は、和菓子「水無月」のように、ごく普通の和菓子屋にならぶ日常のものであり、かつ遊び心に満ちているのが好もしい。上から強制のものではない普段着の魅力が重要だ。三角形に切った白いういろうは、酷暑の京都を凌ぐ「氷室の節句」の氷をかたどったものとも、四角を半分にしたことで1年の半分を示しているとも言われている。つまり「見立て」なのだ。

 「氷室の節句」は江戸時代の武家の行事で、氷室から氷を切り出して旧暦6月1日に献上や贈答をした、冷蔵庫のない時代のゴージャスで格式のあるものだった。そこを「見立て」て、あやかろうというのだ。また小豆の赤い色には厄除けの意味があるとされており、「祈り」の伝統もきちんとふまえられているらしい。

 今や茶会の菓子にも採用され、新たな「伝統」めかしているが、それが可能なのは、「祈り」の本義を忘れておらず、「見立て」の遊び心にウイットがあるからだ。失礼ながら、熊本銘菓で薩摩芋を饅頭にごっそり仕込んだ「いきなり団子」ではこうはいかない。普段着すぎるのは、失礼ながら余裕がないので、残念ながら文学の題材にはならない。かといって、東北の「都」のプライドを反映して、和歌の言葉をそのまま使った「萩の月」も取り澄ましすぎて、俳句との相性は悪い。

 「水無月」くらいの、伝統と日常のバランスが、俳句にはちょうどいいし、茶会もこの菓子を許容するくらいのゆとりは欲しいものである。

  盆点前庭面いよいよ茂りたる    草間時彦

  形代や水なめらかになめらかに   同

  葛切やすこし剩りし旅の刻     同



【執筆者プロフィール】
井上泰至(いのうえ・やすし)
1961年、京都市生まれ。上智大学文学部国文学科卒業。同大学院文学研究科博士後期課程単位取得満期退学。博士(文学)。現在、防衛大学校教授。著書に『子規の内なる江戸 俳句革新というドラマ』(角川学芸出版、2011年)『近代俳句の誕生ーー子規から虚子へ』(日本伝統俳句協会、2015年)『俳句のルール』(編著、笠間書院、2017年)『正岡子規ーー俳句あり則ち日本文学あり』(ミネルヴァ書房、2020年)『俳句がよくわかる文法講座: 詠む・読むためのヒント』(共著、文学通信、2022年)『山本健吉ーー芸術の発達は不断の個性の消滅』(ミネルヴァ書房、2022年)など。


【井上泰至「茶道と俳句」バックナンバー】

第1回 茶道の「月並」、俳句の「月並」
第2回 お茶と水菓子―「わび」の実際

井上泰至「漢字という親を棄てられない私たち」バックナンバー

第1回  俳句と〈漢文脈〉
第2回  句会は漢詩から生まれた①
第3回  男なのに、なぜ「虚子」「秋櫻子」「誓子」?
第4回  句会は漢詩から生まれた②
第5回  漢語の気分
第6回  平仮名を音の意味にした犯人


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