広渡敬雄とゆく全国・俳枕の旅

全国・俳枕の旅【第73回】 湖西マキノ町在原と大石悦子


【第73回】
湖西マキノ町在原と大石悦子

広渡敬雄
(「沖」「塔の会」)

湖西・マキノ町(現高島市)は、琵琶湖の北西部にあり、桜で名高い海津大崎と稚鮎漁の知内浜が知られ、湖上の魞の先には竹生島も近く、今津から遊覧船が出ている。

竹生島

五百本のメタセコイアが四季美しい並木道の奥に、冬はスキー場となるマキノ高原がある。福井県境の標高三四〇mの山麓の在原集落は、萱葺き屋根の民家が残り、素朴な味わいの鮎、鮒の馴鮓や在原蕎麦が好評の「隠れ里」。

メタセコイア並木(高島市観光協会)
マキノ高原スキー場(国境高原スノーパーク:高島市観光協会)

『伊勢物語』で知られる在原業平が晩年を過ごし、その墓とされる供養塔は村外れの山田を抜けた杉林の中にある。

昔男ありけり雪の墓なりけり    大石 悦子

花見むと海へ漕ぎ出づ海津かな   大橋麻沙子 

湖寒く酒屋たばこ屋マキノ町    辻田 克己

在原の名を負ふ村や武者飾る    杉山 瑞恵

雪漕ぎをして業平の墓に行く    茨木 和生

この先は要なき道と雪掻かず    金久美智子

みづうみを眠らせておく白障子   西村 和子

鳰鳴きて闇ことごとく鳰の湖    殿村莵絲子

扇状地月の琵琶湖へなだれ込む   尾池 和夫

稚鮎汲み盥しばらく草の上     広渡 敬雄

〈雪の墓〉の句は、平成十年の作で、句集『耶々』に収録。「在原集落に、小さな五輪供養塔があり、雪を漕ぎながら訪ねた。当初「マキノ町、在原」の前書きがあったが、それだと絶対に業平のことになる。そうでなく自分の中の「男ありけり」と言う風にも取れるかなと思って外した。ドラマ仕立てにして、私だけの「男」でなく、一般的な「男」と思えば、皆回想の中にそういう場面を持ち、句の味わいも違ってくる」と自解する。

在原集落(高島市観光協会 )

「現実の景と非現実の景が境目なく交差している。この非現実が、時に古典の内の現実であったり、教養の内の現実であったりする」(宇多喜代子)、「伊勢物語ふうに、昔の恋人を偲んだ句、二つの「けり」が例えれば、三味線の哀調を感じさせる」(毎日新聞、季語刻々)、「古典作品の影響が、かなり強く濃いが、単にその文句を取って来るより、自分に引きつけている」(高柳克弘)の鑑賞があり、大石俳句の真髄句と言える。

在原集落(高島市観光協会)

大石悦子は、昭和十三(一九三八)年、京都府舞鶴市生れ、中学二年の折、俳句に興味を抱き、西舞鶴高校時代に、同郷の鶴同人工藤雄仙の「飛翔」に誘われ、石田波郷と「鶴」を識る。昭和三十二(一九五七)年に、和歌山大学の入学後「天狼」「岬」所属の井上脩之助をリーダーとする「俳句研究会」に入り、天狼の俳人の山口誓子、橋本多佳子、平畑静塔,榎本冬一郎等に出会うものの、後に波郷の「鶴」一筋となる。

在原集落(高島市観光協会)

就職、結婚後育児に専念の為俳句を中断し、同四十二年二十九歳で俳句再開。同四十四(一九六九)年「鶴全国鍛錬会」に初参加、その冬波郷の葬儀に参列し、柩に眠る波郷に最初で最後の一会を得る。同四十七(一九七二)年鶴同人、高槻市に転居し吟行もこなし、同五十六年に「鶴俳句賞」を受賞、近江・吉野通いを始める。

ありし日の在原集落

同五十九年、「遊び子の」で角川俳句賞を受賞。同六十二(一九八七)年に第一句集『群萌』を上梓し、第十回俳人協会新人賞を受賞。第二句集『聞香』上梓後胃癌手術をし、万全な体調ではなかったものの、後藤綾子の呼びかけの超結社「あの会」に参加し、茨木和生、岩城久治、宇多喜代子、西村和子、山本洋子、辻田克巳、澁谷道、中岡毅雄等と切磋琢磨した。叉澁谷道の「紫薇」にも参加。

在原集落(高島市観光協会)

執筆に加え、「俳句研究」や芝不器男俳句新人賞等の選者も精力的にこなし、平成十六(二〇〇四)年第四句集『耶々』で、俳句四季大賞と日本詩歌句大賞を受賞。同二十四年、第五句集『有情』で俳人協会賞、同三十年桂信子賞、令和二年、第六句集『百囀』で蛇笏賞、小野市詩歌文学賞を受賞するものの、同五(二〇二三)年四月二十八日 逝去。享年八十五歳。

句集は他に『百花』、『季語別大石悦子句集』、『自註現代俳句シリーズ 大石悦子集』。著書に『師資相承―石田波郷と石塚友二―』がある。

湖西在原集落の供養塔

「悦子のきめ細やかなところが、舞鶴の風土と重なりあっている」(宇多喜代子)、「京都文化圏の辺境・舞鶴に育ち京都千年の雅びへの傾き、それを突き詰めることで鄙びに至り俳諧精神を獲得できないかと求め続きた「言葉の人」」(高橋睦郎)、「古典を曲拠にして自在に遊んで、次から次へ繰り出す不思議な世界観があると思えば、身辺の機微を詠い、人への気遣いが見える挨拶句等、句の世界が壮観」(中西夕紀)、「自己紹介の時は、必ず「鶴の大石悦子と申します」と述べ、その「鶴」という言葉が凛と輝くようだった。枕詞のように冠した「鶴」は誇りであり、俳人として己を律していた」(井上弘美)、「悦子俳句は、相手をふらっとさせる或いはその気にさせる五七五の言葉で誘引する」(松田ひろむ)等々の評がある。 

海津大崎の桜(高島市観光協会)

てふてふや遊びをせむとて吾が生れぬ (『群萌』)

今日よりは汝が専ら妻韮の花  

みづうみへゆらりと抜けし茅の輪かな 

菩提子を父よ母よと拾ひけり

赤蕪の百貫の艶近江より

ゆりかもめ白刃となりて吾に降り来

これはこれは貝雛の中混み合へる   (『聞香』)

山彦ははきはきとして青吉野

そもそもは菱の実採つて呉れしより

蘆刈の音より先を刈りてをり

雪吊のはじめの縄を飛ばしけり

初諸子きれいに肚を焼かれけり    (『百花』)

五つゐて子燕の息甘からむ

伯耆とは母來の国や鳥渡る

桔梗や男に下野の処世あり

湯冷めして恋の焉りにゐるごとし 

彳亍と渚の雪に千鳥かな

龍の玉地に喝采があるごとし

初湯殿母をまるまる洗ひけり

走る走る修二会わが恋ふ御僧も (『耶々』)

朱雀くる日のために竹植ゑにけり

孵らざるものの声する青蘆原

母よ月の夜は影踏みをしませうか 

父の帯どろりと黒し雁の頃

二十日月男を箸で突いてやろ

こののちは秋風となり阿修羅吹かむ

口論は苦手押しくら饅頭で来い

雁帰る攫はれたくもある日かな (『有情』)

今生に白眉いただく涼しさよ

夏の日のわが転生の鯉かぐろし

友になりたし石榴十ではどうだらう

秋はゆふぐれみづのあふみにをればなほ

立つたまま死にたし色鳥あまた撒き

蕪村忌の硯海に灯のうつりたる

綿虫と息合ひて世に後れけり

画眉鳥を加へ百囀ととのひぬ  (『百囀』)

羅や遺品少くしておかむ

よき嫁といはれ芋焼酎が好きで  

桃に肘濡らしていまが晩年か

狐火を手玉にとつて老いむかな 

オリオンに一献シリウスに一献

古典や漢語の素養を生かした自在な句風の中に、俳諧味ときめ細かな機微を垣間見せる俳人。「嘘つきは俳人の始まり」の名言通り、「私は初心にして嘘つきの素質を具えていた」と述べる文士的な確信犯的な俳人で、机上派でなく、三上派(馬上、机上、厠上での作句)でもあった。

(書き下ろし)

【新刊のお知らせ!】

広渡敬雄さんの『全国・俳枕の旅62選』が東京四季出版より満を辞しての刊行!

「青垣」「たかんな」、そして「セクト・ポクリット」での好評連載を書籍化!

全国各地の「俳枕」を豊富な写真と俳句、解説と共にお届けします。


【執筆者プロフィール】
広渡敬雄(ひろわたり・たかお)
1951年福岡県生まれ。句集『遠賀川』『ライカ』(ふらんす堂)『間取図』(角川書店)。『脚注名句シリーズⅡ・5能村登四郎集』(共著)。2012年、年第58回角川俳句賞受賞。2017年、千葉県俳句大賞準賞。「沖」蒼芒集同人。俳人協会会員。日本文藝家協会会員。「塔の会」幹事。著書に『俳句で巡る日本の樹木50選』(本阿弥書店)。新刊に『全国・俳枕の旅62選』(東京四季出版)。


<バックナンバー一覧>
【第72回】松山・石手寺と篠原梵
【第71回】志摩と友岡子郷
【第70回】浅草と久保田万太郎
【第69回】東吉野村と三橋敏雄
【第68回】 那須野ヶ原と黒田杏子
【番外―5】北九州市・八幡と山口誓子
【第67回】 伊賀上野と橋本鶏二
【第66回】秩父・長瀞と馬場移公子
【番外―4】 奥武蔵・山毛欅峠と石田波郷
【第65回】福岡と竹下しづの女
【第64回】富山と角川源義
【第63回】摂津と桂信子
【第62回】佐渡と岸田稚魚
【第61回】石鎚山と石田波郷
【第60回】貴船と波多野爽波

【第59回】宇都宮と平畑静塔
【第58回】秩父と金子兜太
【第57回】隠岐と加藤楸邨
【第56回】 白川郷と能村登四郎
【番外ー3】広島と西東三鬼
【番外ー2】足摺岬と松本たかし
【第55回】甲府盆地と福田甲子雄
【第54回】宗谷海峡と山口誓子
【番外ー1】網走と臼田亞浪
【第53回】秋篠寺と稲畑汀子
【第52回】新宿と福永耕二
【第51回】軽井沢と堀口星眠
【第50回】黒部峡谷と福田蓼汀
【第49回】小田原と藤田湘子
【第48回】箕面と後藤夜半
【第47回】房総・鹿野山と渡辺水巴
【第46回】但馬豊岡と京極杞陽
【第45回】池田と日野草城
【第44回】安房と鈴木真砂女
【第43回】淋代海岸と山口青邨
【第42回】山中湖と深見けんニ
【第41回】赤城山と水原秋櫻子


【第40回】青山と中村草田男
【第39回】青森・五所川原と成田千空
【第38回】信濃・辰野と上田五千石
【第37回】龍安寺と高野素十
【第36回】銀座と今井杏太郎
【第35回】英彦山と杉田久女
【第34回】鎌倉と星野立子
【第33回】葛城山と阿波野青畝
【第32回】城ヶ島と松本たかし
【第31回】田園調布と安住敦
【第30回】暗峠と橋閒石

【第29回】横浜と大野林火
【第28回】草津と村越化石
【第27回】熊本・江津湖と中村汀女
【第26回】小豆島と尾崎放哉
【第25回】沖縄・宮古島と篠原鳳作
【第24回】近江と森澄雄
【第23回】木曾と宇佐美魚目
【第22回】東山と後藤比奈夫
【第21回】玄界灘と伊藤通明

【第20回】遠賀川と野見山朱鳥
【第19回】平泉と有馬朗人
【第18回】塩竈と佐藤鬼房
【第17回】丹波市(旧氷上郡東芦田)と細見綾子
【第16回】鹿児島県出水と鍵和田秞子
【第15回】能登と飴山實
【第14回】お茶の水と川崎展宏
【第13回】神戸と西東三鬼
【第12回】高千穂と種田山頭火
【第11回】三田と清崎敏郎


【第10回】水無瀬と田中裕明
【第9回】伊勢と八田木枯
【第8回】印南野と永田耕衣
【第7回】大森海岸と大牧広
【第6回】熊野古道と飯島晴子
【第5回】隅田川と富田木歩
【第4回】仙台と芝不器男
【第3回】葛飾と岡本眸
【第2回】大磯鴫立庵と草間時彦
【第1回】吉野と大峯あきら



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