笠原小百合の「競馬的名句アルバム」【第20回】2018年日本ダービー 2着エポカドーロ

【第20回】
父の帽子
(2018年日本ダービー 2着エポカドーロ)

日本ダービーを目前に落ち着きを欠いている競馬ファンは少なくないが、私もそのうちの一人だ。日本中の競馬ファンが「掛かり気味」「イレ込んでいる」というような興奮状態に陥っているのには理由がある。日本ダービーは数あるG1レースの中でも特別なレースなのだ。

日本ダービーは3歳馬しか出走することができない一生に一度の夢舞台。一年に誕生する競走馬はおよそ7000頭。その世代の頂点を決めるレースが日本ダービー(東京優駿とも言う)なのである。日本競馬に携わるホースマンたちの誰もが憧れて、目指しているのがダービー優勝の栄光というわけだ。

馬市に出かける父のパナマ帽  東畑孝子

東畑孝子氏は昭和14年生まれ、「青山」同人。その第一句集『ファミリエ』より引いた。

「馬市」というのは競走馬の競市のこと。日本では様々な馬市が開催されているが、毎年7月に行われるセレクトセールは世界的にも有名で、1頭億超えの高額取引馬が次々と誕生する。過去には6億円超で取引されたサラブレッドも存在する。不景気とは……と思ってしまうような金額でのやり取りに、セレクトセールの中継を見ていると頭がくらくらしてくる。

そんな「馬市」に「出かける父」とはどんな人物なのか。実は東畑氏の父君はシンボリ牧場の創設者なのだ。シンボリ牧場といえば競馬のオールドファンなら誰もが知っている牧場で、シンボリルドルフ、スピードシンボリなど多くの優駿を送り出してきた名門である。そんな環境の下に育った東畑氏の句集にはやはり馬の句が多い。日頃から馬が身近に居る暮らしは、率直に羨ましいと感じてしまう。

強い馬、(速く)走る馬を求めて、父は馬市へと出かけていく。

日本ダービーへの道のりはもうすでに始まっているのだ。

ちなみに前述のシンボリルドルフは1984年に日本ダービーを制している。無敗で三冠を達成した史上初の馬で、また史上初の七冠馬としても広く知られている名馬中の名馬だ。(私の生まれた年のダービー馬でもある)

俳句に話を戻そう。掲句の季語「パナマ帽」も実に競馬関係者らしいなという感想を抱いた。例えば、今年2月にサウジカップを勝利したフォーエバーヤングを管理する矢作調教師。「パナマ帽」を被った姿をぱっと思い浮かべてしまう。海外メディアで「the man in the hut」、「帽子の男」とあだ名をつけられるほどその印象は強い。矢作調教師以外にも、競馬場で「パナマ帽」を見かけることは思うより多い。「パナマ帽」は夏の季語でありながら、ホースマンらしさを表す道具としても非常に効果的なのだ。

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