趣味と写真と、ときどき俳句と
【#03】Sex Pistolsを初めて聴いた時のこと

青木亮人(愛媛大学准教授)


セックス・ピストルズを夢中で聴いたのは何年前だろうか。確か中学生の頃なので、30年以上も昔のことかもしれない。昭和末期で、世間がバブル景気に湧いていた時代だ。

その頃はエフエムラジオで洋楽のポップスやロックをよく聴いていた。インターネットもmp3もなかったので、ラジカセ(ラジオチューナー付きカセットレコーダー)でラジオ番組を流し、好みの曲がかかると用意したカセットテープで録音し、曲名をメモしておく。そうやって好きな曲やミュージシャンの幅を広げつつ、さらに気に入ったミュージシャンやグループはアルバムをカセットテープやCDで購入した。当時のテープやCDは2000円以上することが多く、中学生が気楽に買える値段ではなかった。そのため、狙いを定めたアルバムが真に購入に値するか否か、事前に入念に調べてからレジに持っていったものだった。

そんなある土曜の昼過ぎ、いつも通りにラジオ番組を流していると冒頭から力の入ったギターリフで始まる曲が流れ出した。その音色を聴いた瞬間、鳥肌が立つようなざわめきを感じ、単純で印象的なギターリフの後にヴォーカルが歌い始めると身体に電流が走るようなショックを受け、慌てて録音ボタンを押し、ボリュームを大きく上げた。

英語なので内容は分からなかったが、メンバー全員が一生懸命演奏している感じで、それにヴォーカリストは大きな声で歌うのが楽しいのか、どこか嬉しそうにがなり立てている。同時に、何かに対して怒りをぶつけている風もあり、しかも切実さを伴った響きがヴォーカルや演奏の端々に感じられ、それでいてポップという奇妙なバランス感覚のバンドに感じられた。

曲を茫然としたまま聴くうちに数分間があっという間に過ぎ、それはSex Pistolsの“God Save The Queen”であることが分かった。曲名を本棚の英和辞書で調べてみると、「『女王陛下万歳』。イギリスの国歌として歌われることが多い」とある。先ほどラジオで流れた曲は全然国歌らしくなく、攻撃的な雰囲気もあり、「?」と感じたことを覚えている。

後で調べると、こういうことだった。

セックス・ピストルズは労働者階級のパンク・ロックバンドで、エリザベス女王陛下の在位25周年で国中が湧きたった1977年、その祭典じみた高揚感に冷や水を浴びせようと国歌と同名の曲で王室やイギリス国家をコケにした曲を発表し、実質1位になるほど売れたこと等が分かった。

とにかく、その日から“God Save The Queen”を聴きまくり、彼らのアルバムもほどなく手に入れ、ひたすら聴いた。現時点では人生で一番聴いたアルバムかもしれない。最近はこんな人生で良かったのかと首をひねることもあるが、他に比べる人生もないため、何となく納得するようにしている。

最初に聴いた衝撃があまりに強かったためか、今も“God Save The Queen”のリフを聴くとラジオで初めて流れた時の印象が甦る気がする。曲の中ではヴォーカルのジョニー・ロットンは常に若々しく声をがなり立て、その歌詞はいかにもイギリスらしい辛辣さとウィットに満ちている。

ロットンの家族はアイルランド系移民で、ロットンが幼少時からいかにひどい差別を受けてきたか、あるいはピストルズのメンバーはいずれも労働者階級で、彼らが1970年代のサッチャー政権下でいかに惨めな思いをしたか等、後にピストルズのことを調べるにつれイギリス階級社会の光と闇を感じるようになったが、中学生の頃の私はとにかくピストルズの曲に純粋にのめり込み、全身に染みこむように朝から夜まで聴いていた。

それは幸せな時期だったのかもしれない、と今では思う。歌を歌っていた瞬間のロットンも、その歌を日本の片隅で聴いていた中学生の私も。

【次回は2月15日配信予定です】


【執筆者プロフィール】
青木亮人(あおき・まこと)
昭和49年、北海道生れ。近現代俳句研究、愛媛大学准教授。著書に『近代俳句の諸相』『さくっと近代俳句入門』など。


【「趣味と写真と、ときどき俳句と」バックナンバー】
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