凌霄は妻恋ふ真昼のシャンデリヤ 中村草田男【季語=凌霄(夏)】


凌霄は妻恋ふ真昼のシャンデリヤ

中村草田男


草田男40代の作(『来し方行方』所収)。35歳の年、12歳年下の直子夫人と結婚。20代の頃の神経衰弱を経て、十数回に及ぶお見合いの果てに得た若き妻である。〈八ツ手咲け若き妻ある愉しさに〉(『火の島』)の句からも伺えるように、結婚は、草田男の詩の泉となる。結婚した年より日野草城に対する激しい「ミヤコ・ホテル」論争が始まる。草田男は、草城の結婚初夜を詠んだ一連の作品を「神聖なる結婚を冒瀆」していると非難する。草田男にとって直子夫人との結婚は神聖なるものであった。〈空は太初の青さ妻より林檎うく〉(『来し方行方』)は、妻と我を楽園におけるアダムとイブに見立て結婚を創世神話にまで高めた句として評価を得る。〈妻二タ夜あらず二タ夜の天の川〉(『火の島』『萬緑』)では、たった二晩一緒に居られなかった妻と我を一年に一度の逢瀬しか叶わない織姫と彦星のように詠み、その寂しさを表現する。〈妻抱かな春昼の砂利踏みて帰る〉(『火の島』『萬緑』)では、砂利を踏むことによって湧き上がる鬱々とした性への欲求を、〈妻抱かな〉と上五にて言挙げすることにより、古代的なおおらかさを醸している。踏む砂利の軋みにさえも春の繁殖期の音を感じているのである。草田男の妻恋俳句は、時には神話的で時には、万物への愛にまで達する。

当該句は、蔓性植物である凌霄の一木より溢れ出る鮮やかな花を西洋の装飾電灯〈シャンデリヤ〉に喩えている。華やかなシャンデリヤは、直子夫人を象徴するものなのであろう。昼間は、仕事や句会のため直子夫人とは離ればなれである。夜を灯すシャンデリヤは、夜にしか逢えない直子夫人そのものと思われる。真昼の草田男はシャンデリヤが不在の状態にある。そのような昼の寂しさのなかで見上げた凌霄は、草田男の心の闇を照らしたのだ。凌霄より降りそそぐ柔らかい花弁は、夜にしか逢えない直子夫人を思わせ、夜の闇も心の闇も照らすシャンデリヤに見えたのだ。昼間は一緒に過ごせない妻の面影を凌霄花に重ねて寂しさを埋めたのではないだろうか。直子夫人の若々しい艶と明るさ、そして草田男の噴き出るような妻恋の激しさを想像させる句である。

教科書にも掲載の代表句〈萬緑の中や吾子の歯生え初むる〉(『火の島』『萬緑』)により草田男は、一般的には、吾子俳句の詠み手として知られているが、妻恋俳句の重さは尋常ではない。

生涯に渡って妻恋の句を詠み続けた草田男。妻の句の用例のなかには、象徴的な《妻》像もある。すでに指摘されていることではあるが、「ミヤコ・ホテル」への対抗心もあったのではないだろうか。俳句で男女の性愛を詠むときは、このように詠むのだというようなメッセージも感じ取れてしまう。だが、草田男の妻恋俳句の多くは、虚飾のない真実、《実感》であったと思わざるを得ない。

虹に謝す妻よりほかに女知らず〉(『萬緑』)〈健気さが可愛さの妻花柘榴〉(『来し方行方』)等、夫にこんな風に詠まれたら、妻としては、喜ぶべきなのか、ドン引きするべきなのか悩んでしまうところである。

篠崎央子


【執筆者プロフィール】
篠崎央子(しのざき・ひさこ)
1975年茨城県生まれ。2002年「未来図」入会。2005年朝日俳句新人賞奨励賞受賞。2006年未来図新人賞受賞。2007年「未来図」同人。2018年未来図賞受賞。2021年星野立子新人賞受賞。俳人協会会員。『火の貌』(ふらんす堂、2020年)により第44回俳人協会新人賞。「磁石」同人。


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