神保町に銀漢亭があったころ【第104回】坂崎重盛

銀漢亭の片隅で

坂崎重盛(エッセイスト)

銀漢亭には前を通りかかってフラリと入った。たしか、看板と看板の文字が素敵だなと思ったからではなかったか。それに、銀漢、って天の川のことでしょ。秋の季語。洒落ているじゃないですか。

そういえば、あとで知ればご主人は凄腕の俳人とか。ときどき店内は句会の場になっていましたものねぇ。

それはさておき。ご存知のように、このお店は基本、立ち飲み。でも、体力のないぼくは、椅子に座れる小さなコーナーが好きだったな。女性と一緒のとき、そこに隣り合って座ると二人の世界が出来上がる気がして。

面白かったのは、たしか小さい竹籠にお金を入れて、そこから注文した分だけ払ってゆく。

ぼくのツマミの定番は、とにかくじゃこ山椒。あとはその日の手作りの肴。日本酒もワインも安くておいしくて、とても使い勝手のいいお店でした。

ご主人もとにかく自然体で、折り入った話をしたことはないのですが、いつも気持ちよく対応していただきました。

もうひとつ。お店を手伝っている人もお客も、女性が大人というか魅力のある人が多かった気がする。こちらが役不足で、お友達にはなれなかったけど。

仲間内では、ここ銀漢亭を知っているかいないかで、街歩きの伎倆、実力が判断されるみたいなところもあって、その道の猛者のジャーナリストの鈴木琢磨さんや、酒縁道を提唱するカリスマ酒場詩人の吉田類さんとも連れ立って訪れたこともある。

往事茫茫。時の流れはミルキーウェイ。またひとつ、懐かしい、小さな空間が消えてゆく。

ただ、思い出は、ふとしたときに、エーテルのように、甦りただよう。それだけでも、ありがとう。感謝です。

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【執筆者プロフィール】
坂崎重盛(さかざき・しげもり)
1942年、東京生まれ。エッセイスト。著書に『東京煮込み横丁評判記』『ぼくのおかしなおかしなステッキ生活』など多数。近刊に『元祖・本家の店めぐり町歩き』(芸術新聞社、2019年、南伸坊との共著)。俳号「露骨」、都々逸作家名は「鴬啼亭捨月」



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