秋鰺の青流すほど水をかけ
長谷川秋子(「長谷川秋子全句集」)
鰺は、鰯や鯖などとともに「青魚」といわれる。海で泳ぐ姿を上から眺めると、なるほど背中はきれいな青色に見える。が、釣り上げればきれいな黄金の輝きを放っている。しかし、よく見ると青色もあることがわかる。そして、干物になるとどういうわけか黄金の輝きは失われ、青がもっとはっきりする。狸ならぬ鰺に化かされているようであるが、この発色はなかなか複雑なものであるらしい。鰺だけなら夏の季語だが、秋鰺は脂がのっていて格別にうまいせいか、「角川俳句大歳時記」に立項されていて、明子の義母長谷川かな女の「秋鰺に遊行寺通り早日暮れ」が載る。余談ながら、ハンディ版の歳時記には立項がなく、「秋味」といえば鮭になるのでこのあたりやや紛らわしい。
さて、実際の鰺は先のごとくであるが、こうやって俳句の言葉として「秋鰺の青」と言われると、なにやら鰺の色の全てのような印象になってくるから面白い。鰺の色をすべて奪うように念入りに水を流しているのである。そう言うからには表皮に水をかけているのであって、開いた後の身についた血を流すような景ではなく、まだ刃を入れる前の魚を丹念に洗う作業を詠んだものといえる。あるいは、この念入りな仕草の中に、刃を入れることへのためらいも含意されているだろうか。
長谷川秋子の句の一つの特徴は、動きの中にこのような過剰さを入れてくるところではないかと思う。ほかにもたとえば、「蝶湧きて倒るゝ萩を更に吸ふ」の「更に」、「秋蟬の階ふむ一と足が女優」の「女優」、冒頭の句でいえば「ほど」がそのような効果を生み出すのだろう。
(橋本直)
【執筆者プロフィール】
橋本直(はしもと・すなお)
1967年愛媛県生。「豈」同人。現代俳句協会会員。現在、「楓」(邑久光明園)俳句欄選者。神奈川大学高校生俳句大賞予選選者。合同句集『水の星』(2011年)、『鬼』(2016年)いずれも私家版。第一句集『符籙』(左右社、2020年)。共著『諸注評釈 新芭蕉俳句大成』(明治書院、2014年)、『新興俳句アンソロジー 何が新しかったのか』(ふらんす堂、2018年)他。