語らざる墓標語らひ合う小鳥 酒井湧水【季語=小鳥(秋)】

語らざる墓標語らひ合う小鳥

酒井湧水

静かな墓地。秋の澄んだ空気の中、石の影は沈黙を守り、小鳥の声だけが空気を震わせています。
墓標の前に立つと、語られない言葉の重みと、いま響く命の声とが、ひとつの風景の中で交わっていくように感じます。

掲句が置いた「語らざる墓標」と「語らひ合う小鳥」の対比には、死と生、沈黙と声という根源的な主題が宿っています。
けれど、その構図は大げさではありません。
句はただ、それらを並べるだけです。
説明を加えず、感情を添えず、景の中に静かな呼吸を残す。その潔さが、かえって読む人の心を深く揺らします。

墓標の沈黙は、何も言わないことで、なお語り続けている沈黙です。
小鳥の声は、その沈黙に届いては、また空へ還っていく。その往復の中に、生と死のあわいが見えてきます。
語らないものと語るものが、互いを映し合う時間がそこにあります。

作者は句の中で、すべてを言い尽くそうとしませんでした。
作者の沈黙は、読者に余白を託すための信頼のように思えます。
その信頼に導かれるように、私はいつしか墓標の前に佇んでいたのです。

菅谷糸


【執筆者プロフィール】
菅谷 糸(すがや・いと)
1977年生まれ。東京都在住。「ホトトギス」所属。日本伝統俳句協会会員。




【菅谷糸のバックナンバー】
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