笠原小百合の「競馬的名句アルバム」【第9回】2006年 朝日杯フューチュリティステークス ドリームジャーニー


【第9回】
旅路の果て
(2006年 朝日杯フューチュリティステークス
ドリームジャーニー)


「初夢」は元日の夜にみる夢のことで、新年の季語。その年最初にみる夢は昔から特別視されており、一年の吉凶を占うような意味も込められている。

今回取り上げる「朝日杯フューチュリティステークス」は年末に行われる2歳G1、翌年の3歳戦を占う意味でも重要なレースだ。年末のレースに新年の句を取り上げたのは、ドリームジャーニーという競走馬が筆者にとってまさに「初夢」だからである。

当連載で度々登場するステイゴールドは、所謂最強馬と言われるような強さを誇っていた馬ではない。2着が多くシルバーコレクターと呼ばれ、勝ちきれないその姿を愛さずにはいられない、応援したいと思えるような競走馬であった。そんなステイゴールドを父に持つのが今回の主役、ドリームジャーニーである。

父・ステイゴールドの香港馬名「黄金旅程」からの連想で名付けられたドリームジャーニー。2006年は同じくステイゴールド産駒であるソリッドプラチナムが重賞を制しており、ここでドリームジャーニーがG1・朝日杯フューチュリティステークスを勝つことができればステイゴールドの種牡馬としての評価も上がるという大事なレース。もちろん、ドリームジャーニーにとっても翌年のクラシック戦線へ向けて非常に重要な一戦だ。

(写真=著者提供)

ファンファーレが鳴り響き、朝日杯フューチュリティステークスのゲートが開く。
ドリームジャーニーはやや出遅れて後方からの競馬に。
父譲りの小柄な馬体は他の馬たちと比べると一際小さく見えて、心配になってしまう。

そんな筆者の気持など知る由もなく、ドリームジャーニーはただひたすらに走る。
祈るような向こう正面を過ぎ、馬群は最終コーナーを曲がり、最後の直線へ。

──来た。大外を通って、やって来た。

ドリームジャーニーのその姿は涙で霞んではっきりとは見えなかったが、一頭、物凄い勢いでゴールを通過する馬がいた。実況がドリームジャーニーの名を叫び、先頭でゴールしたという確信を持った。それは筆者が待ち望んでいた、何度も頭に描いた、夢にみた光景だった。

(写真=著者提供)

初夢のなかをどんなに走つたやら 飯島晴子

走っていたのはドリームジャーニーであり、騎手、関係者の皆様であり、そしてファンの我々でもある。様々な読み方が出来るのが魅力の掲句。一つくらい、こんな読みがあっても許されるのではないだろうか。

あれから20年近くが過ぎ、今ではドリームジャーニーの子をはじめ、オルフェーヴル、ゴールドシップらの子が次々とターフに登場している。更にその子どもたちもデビューし、ステイゴールドの血統は情報を追いきれないくらいの頭数となった。

(写真=著者提供)

長い目、大きな目で見ると、「ステイゴールドの子」という「初夢」を筆者は追い続けてきたのだろう。しかし、長かった初夢はそろそろ終わる。ステイゴールド亡き今、ステイゴールド産駒の中央での現役競走馬はあと7頭(2023年12月8日現在)。寂しいけれど、それは逃れようのない現実である。

初夢が終わっても、ここまで走ってきた夢は次の世代へ引き継がれ、旅路は続いていく。競馬ファンとは競走馬の血脈と共にその旅路を行く、旅人なのかもしれない。


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競馬夜咄
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毎月第3金曜19時から荻窪の屋根裏バル鱗kokeraさんにて。
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競馬も俳句もわからなくても大丈夫。

きっと、馬が好きになる。
そんなイベントにしていきたいです。
ご予約はmypreciousrex@gmail.comまで。


【執筆者プロフィール】
笠原小百合(かさはら・さゆり)
1984年生まれ、栃木県出身。埼玉県在住。「田」俳句会所属。俳人協会会員。オグリキャップ以来の競馬ファン。引退馬支援活動にも参加する馬好き。ブログ「俳句とみる夢」を運営中。


【笠原小百合の「競馬的名句アルバム」バックナンバー】

【第1回】春泥を突き抜けた黄金の船(2012年皐月賞・ゴールドシップ)
【第2回】馬が馬でなくなるとき(1993年七夕賞・ツインターボ)
【第3回】薔薇の蕾のひらくとき(2010年神戸新聞杯・ローズキングダム)
【第4回】女王の愛した競馬(2010年/2011年エリザベス女王杯・スノーフェアリー)
【第5回】愛された暴君(2013年有馬記念・オルフェーヴル)
【第6回】母の名を継ぐ者(2018年フェブラリーステークス・ノンコノユメ)
【第7回】虹はまだ消えず(2018年 天皇賞(春)・レインボーライン)
【第8回】パドック派の戯言(2003年 天皇賞・秋 シンボリクリスエス)


【セクト・ポクリット管理人より読者のみなさまへ】

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