紅さして尾花の下の思ひ草 深谷雄大【季語=思ひ草(秋)】


紅さして尾花の下の思ひ草

深谷雄大
(『吉曜』)


〈思ひ草〉とは、尾花(薄)の根元に生える寄生植物。花の形状がパイプに似ているため南蛮煙管(なんばんぎせる)とも呼ばれる。

 『万葉集』に〈道の辺の尾花が下の思ひ草今さらさらに何をか思はむ 作者未詳〉と詠まれたことから恋を憂う花として歌人に親しまれた。尾花(薄)の下で俯きながら咲く淡紅の花は、恋を秘めている慎ましやかな乙女に見えたのだろう。

 だが、南蛮煙管は、薄の養分を吸い取って咲く寄生植物。南蛮煙管を根元に抱える薄は大抵痩せている。薄は、痩せながらも強風から南蛮煙管を守っているように見える。まるで、奥ゆかしい風情を見せながら、金持ちの男を籠絡し、根こそぎ吸い取ってしまう悪女のような花である。守ってあげたくなるような純情そうな女ほど怖いものはない。

 私などは、夫より「食わず女房」と言われている。食費などの生活費は極力抑えてやりくり上手だが、意外なところ(俳句など)でお金が掛かっているらしい(笑)。

 「食わず女房」あるいは、「飯食わぬ嫁」といわれる物語は、日本各地に存在している。とあるところに、財産はあるがケチな男がいた。「嫁を貰えば、食い扶持が増えるから」との理由で結婚しようとしなかった。ある時、飯を全く食わず、なおかつ働き者の女が嫁にして欲しいとやってきて、結婚することとなった。本当に食事もせず働き者の嫁であったが、米や食料の減りが早くなった。怪しんだ男が出かける振りをして屋根裏で見張っていると、女は大量の米を握り飯にし、頭の後ろにある大きな口から食べていた。家畜の牛も食べていたとする伝承もある。男が離縁を申し出ると女は、本性である山姥の姿となり男まで食おうとした。男は、菖蒲に隠れ、なんとか逃走するという話である。

 物語の話だが、現実にもそんな男女は存在する。20年程前に起きた青森県住宅供給公社巨額横領事件とか。青森県住宅供給公社勤務の男はチリ人のアニータとパブで知り合い結婚。妻のために公社の資金14億円を横領した。異国から青森にやってきた女は、日本で生きるため、祖国に仕送りをするため、必死だったのであろう。あれこれと気を回し男に尽くした。出逢った頃は、男が土産に持参した焼きそばを喜んで食べたという。純情そうな女に惚れてしまった男は、最終的に、14億円を横領してしまう。事件当時は、ワイドショーが全盛期。ケチでプライドの高い男ほど、女に食われやすいなどと報道された。事実は、どうだったのか…。

  紅さして尾花の下の思ひ草  深谷雄大

 南蛮煙管の花は、出逢えるととても嬉しい。淡紅の花弁は、片恋をしている少女のような可憐さがある。その姿は、恋する薄に話しかけることもできない、恥じらう乙女そのもの。薄は、世の風に吹かれ金色の髪を靡かせる力強い男性。サッカーやラグビーをしている憧れの男を片隅で密かに見つめている少女のような〈思ひ草〉。ラブレターなんてとんでもない。恋に染まった乙女は、美しく小さく控え目だ。金持ちの男と結婚して財産を吸い取ろうなんて微塵も考えていないに違いない。男は、そんな〈思ひ草〉のような女に騙されて痩せていくのである。

篠崎央子


【執筆者プロフィール】
篠崎央子(しのざき・ひさこ)
1975年茨城県生まれ。2002年「未来図」入会。2005年朝日俳句新人賞奨励賞受賞。2006年未来図新人賞受賞。2007年「未来図」同人。2018年未来図賞受賞。2021年星野立子新人賞受賞。俳人協会会員。『火の貌』(ふらんす堂、2020年)により第44回俳人協会新人賞。「磁石」同人。


【篠崎央子のバックナンバー】
>>〔10〕天女より人女がよけれ吾亦紅     森澄雄
>>〔9〕誰かまた銀河に溺るる一悲鳴   河原枇杷男
>>〔8〕杜鵑草遠流は恋の咎として     谷中隆子
>>〔7〕求婚の返事来る日をヨット馳す   池田幸利
>>〔6〕愛情のレモンをしぼる砂糖水     瀧春一
>>〔5〕新婚のすべて未知数メロン切る   品川鈴子
>>〔4〕男欲し昼の蛍の掌に匂ふ      小坂順子
>>〔3〕梅漬けてあかき妻の手夜は愛す  能村登四郎
>>〔2〕凌霄は妻恋ふ真昼のシャンデリヤ 中村草田男
>>〔1〕ダリヤ活け婚家の家風侵しゆく  鍵和田秞子


【セクト・ポクリット管理人より読者のみなさまへ】

horikiri