秋日澄み樹のいろ拾ひつづけたる 井越芳子【季語=秋日(秋)】


秋日澄み樹のいろ拾ひつづけたる

井越芳子


「秋日澄む」はあまり使われない言い方だ。「澄む」といえばふつうは「秋澄む」か「秋気澄む」という季語が使われるが、これらと「秋日澄む」のどこが違うのかと少し考えた。

季語「秋の日」は、角川大歳時記の解説に「束の間、夕日があたりを華やかに染めて没した後に残る寂寥感に、古人のいう『もののあはれ』を感じるむきもあろう」とあるように、夕暮れの感覚を内包しているように思う。

それに対して「秋澄む」は、どちらかといえば明るい昼間の、見通しのきく風景が詠まれることが多いのではないか。

そう考えれば、掲句に描かれているのは、夕暮れの翳りはじめた微妙な色合い。木の色を拾っているのは作者とも読めるが、私は掲句の主体は「秋の日」そのものであると思う。

日が傾き、紅葉した林中には斜めに日が差し込んでいる。その弱い光に、木の幹が穏やかな肌合いを見せ、日の当たらない裏側はごつごつと堅く締まっていくよう。紅葉の進んだ木、まだ始まらない木、同じ木でも葉によって色がちがう。赤い葉、黄色の葉、ときには常緑の木もあり、また朽ちゆく倒木もある。

そしてそれらが時間の経過とともに色をしだいに失ってゆくのだが、それでも秋の日は最後までその色を拾い続ける。結句の「拾ひつづけたる」という措辞は、秋のひと日を惜しみながら送る感覚を濃厚に漂わせている。作者自身も、その姿を辛うじて秋の日に拾われる存在として、清澄な秋の空気のなかに佇んでいるのであろう。

「雪降る音」(2019年)所収。

鈴木牛後


【執筆者プロフィール】
鈴木牛後(すずき・ぎゅうご)
1961年北海道生まれ、北海道在住。「俳句集団【itak】」幹事。「藍生」「雪華」所属。第64回角川俳句賞受賞。句集『根雪と記す』(マルコボ.コム、2012年)『暖色』(マルコボ.コム、2014年)『にれかめる』(角川書店、2019年)


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