新年季語には、絶滅してしまった風習や行事がある。あるいは、まだ続いているが、知られていない行事もある。江戸俳諧では詠まれているが、現代では用例がない季語もある。青々の詠んだ新年季語が実際に見て詠んだのか、知識から想像して詠んだのかは分からないが、貴重な用例である。()内は見出し季語。
筑紫ぶり腹赤の奏と聴くからに(元日節会)
白散よ酒に交へて生く薬(御薬を供ず)
松竹の中に草戸や庭竈(庭竈)
礼帳や埃及よりの葉書など(礼帳)
伝へたる古鏡台も祝ひかな(二十日祝)
ちよろが来る川のうは手の堤かな(ちよろ)
関西を拠点としていたため、上方の行事や風習が多いのだが、「千葉笑」など下総の行事も詠んでいる。いずれも説明が必要な季語ばかりである。だが雰囲気は伝わってくる。
眉つゝみ狐も出るや千葉笑(千葉笑)
叔母さまの肘によりたるざこねかな(大原雑魚寝)
絵馬かけに夜行く竹の都かな(斎宮絵馬)
厄塚に薄雪つもる眺かな(吉田清祓)
火を敲く小家や暮の魂祭(暮の魂祭)
あら薦にをさな官女や春冴ゆる(一夜官女)
仏教教典の研究をしていたことから寺院との関わりも深かった。寺の行事や高僧の忌日・法要の句を多く残している。
教信がありし埴生の念仏かな(野口念仏)
頼もしき未来なりけり御仏名(仏名会)
ものに恋ひさめぬ寝耳や遺教経(遺教経会)
石を積む雨夜の御子の為とかや(積塔会)
雲起る紅葉の上や聖一忌(東福寺開山忌)
水辺に落つる椿や関山忌(妙心寺開山忌)
霜ふせぐ一把の草や大燈忌(大徳寺開山忌)
少年の頃より詩文、漢籍を学び親しんだ青々。知識がなければ詠めない季語も漢籍に通じている青々には、身近なものに感じたのかもしれない。
ゐもりつく王の秘メ事窺ひけり(井守を搗く)
妹が子に宿の儀方を書せけり(儀方を書く)
口拭ふ梟の羹旨かつし(梟の羹)
青々の代表句は、難しい句ではない。むしろ余分なものを落とした単純で平明な句である。かといって削ぎ落し過ぎず、人間臭さを残しているところも魅力的だ。
風呂吹にとろりと味噌の流れけり
貝寄風や愚な貝もよせてくる
櫻貝こぼれてほんに春なれや
まんだまだ暮れぬ暮れぬと囀りぬ
天地の間にかろし蝉の殼
日盛りに蝶のふれ合ふ音すなり
夕立は貧しき町を洗ひ去る
淋しうてならぬ時あり薄見る
恋の句、エロスの句も詠んでいる。「鞦韆」「桃の花」「早乙女」は、漢籍や和歌の知識から発想を得て詠んだように思われる。だが、ある時は臨場感があり、ある時はしみじみと共感できる句ばかりである。
ふらここや少し汗出る戀衣
鞦韆にこぼれて見ゆる胸乳かな
身をよせて朧を君と思ふなり
女房のふところ恋ひし春の暮
この国に恋の茂兵衛やほととぎす
桃の花を満面に見る女かな
早乙女は乳まで降りのぬれとほり
色好むわれも男よ秋の暮
古季語、難季語、古来の行事・風習を詠むことを得意とした青々。詩文、漢籍、経典の知識を活かしつつ、芭蕉に傾倒し、俳諧の精神も忘れなかった。そんな青々が、「常陸帯」の句を詠むことは、当然の流れであった。行事の季語というよりは、歌ことばとして向き合い、恋に想いを馳せて詠んだのだ。
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