【秋の季語=晩秋(10月)】草紅葉(草の錦)
秋めいてきて、野の草が美しく色づくこと。
夏の間、高山植物として彩った草の葉は、いちはやく色を変えて山肌を染める。
木々の紅葉に先駆けて、赤や黄金色に色づくのである。
「紅葉」との違いは、息が長いということ。木々の場合には、長くて1ヶ月、短いと1週間程度しか紅葉を楽しむことはできないが、草紅葉の場合には、1か月以上にわたって楽しむことができる。たとえば、尾瀬の草紅葉が始まるのは9月中旬ごろからで、秋の行楽スポットとなる。
俳句のうえではなかなかに古い季語であり、すでに江戸時代の「栞草」のなかに「草木の紅葉を錦にたとへていふなり」という記述が見られる。昔は「草の錦」と呼んでいたわけで、この「錦」とは「紅葉」のこと。17世紀の其角の句には、〈酒さびて螽やく野の草紅葉〉が見える。
わざわざ湿原や山まで出かけなくても、草紅葉は見つけることができる。たとえば、路傍によくあるイヌタデは、秋になると実や茎だけでなく、葉まで赤く染まってくる。あるいは、ヨモギ。すべてではないようだが、環境によっては赤く色づいてくる。メヒシバ、エノコログサなど、道端や空き地で見かける草たちも、「草紅葉」となる。
【草紅葉(上五)】
草紅葉へくそかつらももみぢせり 村上鬼城
草紅葉蝗も色に染まりけり 西山泊雲
草紅葉骨壺は極小がよし 飯田龍太
草紅葉ひとのまなざし水に落つ 桂信子
草紅葉愉しき時はもの言はず 杉本零
草紅葉縁側のすぐざらざらに 波多野爽波
草紅葉磐城平へ雲流れ 大野林火
草紅葉きのふは柩通りたる 大峯あきら
草紅葉馬上はいまも寂しいか 宇多喜代子
草紅葉恋もおほかたしまひなり 仙田洋子
草紅葉ゆっくり曲がる樹木希林 津田このみ
【草紅葉(中七)】
内裏野の名に草紅葉敷けるのみ 水原秋桜子
逢えぬなら思いぬ草紅葉にしゃがみ 池田澄子
【草紅葉(下五)】
猫そこにゐて耳動く草紅葉 高濱虚子
このあたり水美しや草紅葉 山本京童
くもり日の水あかるさよ草紅葉 寒川鼠骨
大綿を逐うてひとりや草紅葉 渡辺水巴
学童の会釈優しく草紅葉 杉田久女
鷹の声青天おつる草紅葉 相馬遷子
酒浴びて死すこの墓の草紅葉 古館曹人
よくなりてすこし歩ける草紅葉 国弘賢治
吾が影を踏めばつめたし草紅葉 角川源義
良寛の辿りし峠草紅葉 沢木欣一
屈み寄るほどの照りなり草紅葉 及川貞
岩肌に火の手かざせる草紅葉 岡田日郎
衰へし日のまだ落ちず草紅葉 村田脩
ひととゐることのたのしさ草紅葉 行方克巳
羽化登仙爪の先まで草紅葉 秋尾敏
よき友はものくるる友草紅葉 田中裕明
好きな繪の賣れずにあれば草紅葉 田中裕明
釣銭のかすかな湿り草紅葉 村上瑠璃甫
【草の錦】
たのしさや草の錦といふ言葉 星野立子