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火達磨となれる秋刀魚を裏返す 柴原保佳【季語=秋刀魚(秋)】


火達磨となれる秋刀魚を裏返す 

柴原保佳


九月、絶望的に不漁だった秋刀魚は、潮の流れが変わったとか、水温が下がらないとか、日本食がはやったために世界中で取られすぎて日本にまで回ってこないとか、勝手な憶測を呼んでいたけれど、ここへきてようやく漁獲が戻った。みなさん、金曜です。

それにしても、漁獲が回復さえすれば、原因が何であったのかなんて、すっかり忘れてしまう。去年も不漁といわれたけれど、その原因が何だったのか、調べた人はどれだけいるだろう。とはいっても、秋刀魚は海の魚、原因を突き止めるのはずいぶん困難なことだろう。今でも大昔の沈没船が発見されたりすることを、すこし思ったりする。

漁獲量と相まって、脂の乗りも回復しているそうだ。ということは、不漁時の秋刀魚は、脂ののっていない秋刀魚だったということ、そんな秋刀魚ではこの句は出来まい。全身にたっぷりと脂ののった秋刀魚が焼き進み、一定の温度を超えたとき、急激に引火する。火がでて、香りがたって、煙がのぼり、ハイライトがやってくる。すこし焦げるのはいいけれど、あまり焦げ過ぎてはいけない。さあ、急いで、箸か、指かを差し込んで逆の側を火に向ける。

「火達磨」は火に包まれる様子、特に生きものが焼かれるさまだ。秋刀魚への引火を「火達磨」とは、何となれば順当すぎるようでもあるけれど、この句では立派な秋刀魚が焼きあがってゆく勢いをそぎたくない。だから、このくらい順当でいいのだ、修飾語があることを考えさせないくらい。あるいは「火達磨」は秋刀魚の枕詞かもしれない。句の最後は「裏返す」、秋刀魚が焼き上がるまで、いや、口に入るまでの手順をますます加速させてゆく。

というわけで、「火達磨となれる秋刀魚」はほぼ「脂の乗った秋刀魚」と同意義。「火達磨となれる秋刀魚を」までを一息に読み上げ、心の中での短い一拍ののち、「裏返す」で一気に畳みかける、はい、そして太鼓。ひだーるまとーなれるさんまをー、はっ、うらーがえーす―――。てんてけてんてんてんてんてんてんてんてんてんてん…。

それに比べて、近年の秋刀魚はややこしい。不漁なのではなくて、時期が後になっているだけという話もある。今年、巷で行われる秋刀魚祭りの類は、新型コロナウイルスの影響で中止になっているので、不漁の影響というのはあまり受けなかった。しかし、来年以降、祭りの時期が流動的になるのだろうか。

もう一つ釈然としないことは、九月の高級なうちの秋刀魚は、食べた方がよかったのか、食べずに過ごしてよかったのだろうかということ。食べずに過ぎた2020年9月の秋刀魚のことを言っても、今となってはどうしようもないのだが、それでもなんとなく気になってしまう。

さて、脂の戻った、ややこしくない秋刀魚を買って帰ります。

『柴原保佳句集 旅商春秋』(日本伝統俳句協会叢書)所収

(阪西敦子)


🍀 🍀 🍀 季語「秋刀魚」については、「セポクリ歳時記」もご覧ください。


【執筆者プロフィール】
阪西敦子(さかにし・あつこ)
1977年、逗子生まれ。84年、祖母の勧めで七歳より作句、『ホトトギス』児童・生徒の部投句、2008年より同人。1995年より俳誌『円虹』所属。日本伝統俳句協会会員。2010年第21回同新人賞受賞。アンソロジー『天の川銀河発電所』『俳コレ』入集、共著に『ホトトギスの俳人101』など。松山市俳句甲子園審査員、江東区小中学校俳句大会、『100年俳句計画』内「100年投句計画」など選者。句集『金魚』を製作中。

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