破蓮泥の匂ひの生き生きと 奥村里【季語=破蓮(秋)】

破蓮泥の匂ひの生き生きと

奥村里

秋の池。緑をとどめながらも破れ始めた蓮の葉が、水面に広がっています。
完全に色を失った「枯蓮」とは異なり、「破蓮」は命の気配を残しつつ、衰えの予感を帯びた姿を写す季題です。
そこには、移ろいの只中にあるものへの親しみがにじみます。

掲句は、その「破蓮」の景を「泥の匂ひ」と共に受け止めています。
匂いという、姿形のないものをあえて言葉にしたのは、作者の感覚に立ち現れた、最も確かな実感だったのでしょう。
そして最後に置かれた「生き生きと」という一語に、私は驚かされました。

破れていく蓮の葉と、漂う泥の匂い。
「生き生きと」という措辞から、蓮の生涯をずっと見守っている池の泥の、その息づかいが伝わってきます。
蓮を支えながらも、やがて枯れて崩れていく蓮を、飲み込んでしまう泥。

実感に対する、もっとも正直な言葉を選び取る勇気によって、この句は、蓮と泥の真実を鮮やかに描いています。

俳句の言葉は、作者が感覚にどれだけ正直であるかで、実感の重みが変わるのかもしれません。

菅谷糸


【執筆者プロフィール】
菅谷 糸(すがや・いと)
1977年生まれ。東京都在住。「ホトトギス」所属。日本伝統俳句協会会員。




【菅谷糸のバックナンバー】
>>〔1〕ありのみの一糸まとはぬ甘さかな 松村史基
>>〔2〕目の合へば笑み返しけり秋の蛇 笹尾清一路
>>〔3〕月天心夜空を軽くしてをりぬ 涌羅由美

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