
天童は駒果物はラ・フランス
加古宗也
山形県天童市は将棋駒の一大産地で、国内シェア9割以上のぶっちぎり。実はラ・フランス生産量も日本一で、すごいね天童市。毎年秋(今年は11月1日)には天童ラ・フランスマラソンが開催されて、給水場のラ・フランスが食べ放題になるという。兎にも角にもこの句は、「AはB、CはD」という明快な構造で、天童市の名産品を正しくかつリズミカルに宣言しているのだ。
「天童は駒」が決まっている。盤面に駒をパチリと置くような潔さがある。間髪を入れずに「果物は」と駆動して、前半の伝統的・硬質な世界から後半の西洋的・みずみずしい世界へと何と流麗な対比だろう。これら前後半のフレーズは完全に並列というより、あくまで「天童」の文脈の中でラ・フランスの魅力が息づいているようだ。「天童」の気が一句すみずみまで満ちている。
「天童」の地名は、舞鶴山に天から童子が舞い降りたという伝説に基づく。筋金入りのロマン、詩的強度と言うべきか。作者は俳人として、その強度を瞬時に信頼したのだろう。「天」の字からはラ・フランス収穫期の澄んだ青空が見える。左右対称のおおらかさもある。いいなぁ、行ってみたいなぁ天童市。行ってみたいなぁ天童木工本社ショールーム(これは私の趣味)。そう思わせた時点で、この句は大大成功の旅吟である。
もうひとつ秋の、固有名詞が印象的な句を。
木犀の香を来て近江兄弟社 加古宗也
株式会社近江兄弟社は、近江八幡市に本社を置くメンタームの製造販売会社。木犀の香りにメンタームのスーッとした香りがかぶさって、咽せ返るような秋の昼が見事に表現されている。かすかに聴こえる波の音。
『自註現代俳句シリーズ 加古宗也集』(2019年、俳人協会)によると、天童の句は天童で、近江兄弟社の句は近江で詠まれたものらしい。言ってしまえば、たまたまそこにあった言葉だったのだろう。ただ、ある瞬間に「そこにある」言葉は無数に存在するわけで、その無数の中からその固有名詞が採用されたことは、決してたまたまではないと思う。この句を君(←固有名詞のこと)に託したい、君ならできる、信じてる。そんな愛と信頼の世界を夢想する。もちろん、固有名詞の方から自然に寄り添ってくれる、つまり愛されるってこともあるのかもしれないが。
作者は、村上鬼城の系譜を引く結社「若竹」の主宰。私の母が長く師事している先生である。私自身は「若竹」に所属したことがなく、加古先生はずっと、近くて近くて近くてとても遠い存在だった。「無記名でも作者名がわかるような句を詠みなさい」と言っていただいたことが、忘れられない。
(荻野ゆ佑子)
【執筆者プロフィール】
荻野ゆ佑子(おぎの・ゆうこ)
1977年生まれ。1997年「藍生」入会を経て、2020年「銀漢」入会。「ソウル俳句会」帰国会員。句集『みお』(2026年、ふらんす堂)。

◆自選十二句
この良夜どちらがどちら見送るか
鶏一羽炊いてソウルの雪深し
ちちははといもうとのゆめ遅櫻
十畳の荒野ありけり寝冷の子
蟻といふけなげなものを振り払ふ
香り立つ文鎮として青蜜柑
どんぐりを拾ひをりしが謎拾ふ
袴にもまつはる紐や七五三
絨毯の鳳凰の目を踏まぬやう
薄氷はみづの瘡蓋かもしれぬ
白梅を褒めむ淋しき吾子褒めむ
雛段の雪崩るるごとし飛騨泊