笠原小百合の「競馬的名句アルバム」【第7回】2018年 天皇賞(春)・レインボーライン


【第7回】
虹はまだ消えず
(2018年 天皇賞(春)・レインボーライン)


天皇賞・春。3,200メートルという長丁場のレースは、JRA平地GⅠでは最長距離である。そんなタフなレースから数々のドラマが生まれてきた。もし優勝馬の中で、たった1頭しか後世に伝えられないとするならば、私はこの馬を挙げるだろう。レインボーライン。2018年天皇賞(春)の優勝馬である。

天皇賞(春)の当日までにGⅠ2着1回3着2回と惜敗続きだったレインボーライン。レインボーラインの前には常に高い壁があった。サトノダイヤモンド、シュヴァルグラン、キタサンブラック──。しかし、強大なライバル馬たちに何度負けても、次こそは勝てると思える、信じられる。そんな魅力がレインボーラインにはあった。

メンコから伸びてピンと立つ耳。先端に行くほど色素が薄くなる尾は金色にも思える。そんな外見的な要素のみならず、マイルも長距離もこなせる掴みどころのなさ、そして父にステイゴールドを持つというところも、私がレインボーラインに惹かれた理由だ。

前走ではGⅡ阪神大賞典を勝ち、約2年ぶりとなる重賞タイトルを獲得。この勢いに乗って、更に大きな舞台での悲願のGⅠ勝利を。レインボーラインの勝利への期待は高まり、願いとも祈りともつかない、もはや怨念のようなパワーが自分の奥底から生じるのを感じた。

そして私の思う通り、レインボーラインは見事1着でゴール板を駆け抜けた。ゴール前、外のシュヴァルグランと内を抜けてくるレインボーラインのほんの数秒間の激しい魂の叩き合いは、永遠に続くかのようにも思えた。そしてゴールの瞬間、レインボーラインが首だけ前に出たのと同時に、体勢が少し崩れた。

ウイニングランもなく、脚を気にして立ち尽くすレインボーライン。間もなくしてやってきた馬運車に乗せられ、レインボーラインはターフを後にした。優勝馬不在の表彰式では、鞍上の岩田騎手をはじめ関係者の顔に笑顔はなかった。あんなに辛い表彰式は今まで見たことがなかった。痛む心を抑えて、とにかくレインボーラインの無事を祈ることしか出来なかった。

レインボーライン引退の報せが届いたのは、それから一ヶ月以上が経った雨の日だった。無事に命が繋がったことにほっとしたのと同時に、「引退」という事実を正式に突きつけられてショックを受けた。レインボーラインがターフに戻ることは、もうない。

けれど、レインボーラインの血は未来へと繋がっていく。種牡馬となれることが決まったのだ。今度はレインボーラインの子どもたちが、その父の夢を乗せてターフを駆けていく。それは雨上がりの空のように輝かしい光景に私には思えた。また、夢の続きを見ることが出来る。虹はまだ消えずに、私の眼前にくっきりとかかっている。

春の虹消えまじとしてかかりをり  細見綾子


【執筆者プロフィール】
笠原小百合(かさはら・さゆり)
1984年生まれ、栃木県出身。埼玉県在住。「田」俳句会所属。俳人協会会員。オグリキャップ以来の競馬ファン。引退馬支援活動にも参加する馬好き。ブログ「俳句とみる夢」を運営中。


【笠原小百合の「競馬的名句アルバム」バックナンバー】

【第1回】春泥を突き抜けた黄金の船(2012年皐月賞・ゴールドシップ)
【第2回】馬が馬でなくなるとき(1993年七夕賞・ツインターボ)
【第3回】薔薇の蕾のひらくとき(2010年神戸新聞杯・ローズキングダム)
【第4回】女王の愛した競馬(2010年/2011年エリザベス女王杯・スノーフェアリー)
【第5回】愛された暴君(2013年有馬記念・オルフェーヴル)
【第6回】母の名を継ぐ者(2018年フェブラリーステークス・ノンコノユメ)


【セクト・ポクリット管理人より読者のみなさまへ】

関連記事