ハイクノミカタ

馬鈴薯の一生分が土の上 西村麒麟【季語=馬鈴薯(秋)】


馬鈴薯の一生分が土の上 

西村麒麟 


じゃがいも畑に「一生分」の、いやおそらく一生かけても食べられないほどのじゃがいもが植わっている。

もしそれが全部貰えるなら、とりあえず食うのには困らない。そして本当に欲しいと思っていそうなところが、この作者の持ち味である。

フランスに住んでいると、よく(じゃが)芋が出てくるなあ、と思う。米の代わりに芋が出てくる感じなのだが、パンも出てくるから、あきらかに炭水化物過剰摂取だ。

ステーキを頼めば横にはもれなくフリット。鴨肉などの場合は、にんにくを効かせたソテーか、揚げ焼きしたやつ。いちばん安上がりのグラタンは、じゃがいもに牛乳かクリームをかけて塩胡椒しただけの、ドフィノワ。まあ、いちばん手のかからないのはそのままオーブン焼きで、塩胡椒かバターで食べる。

冷凍食品コーナーの1/3はスイーツ、1/3はピザ、残りの1/3はじゃがいもである。

フランス人の「一生分」は、おそらく日本人の「一生分」の5倍、いや10倍くらいかもしれない。

フランスに移り住んでよく作るようになったのは、アリゴである。これも超簡単料理で、じゃがいものピュレに、チーズを混ぜただけのもの。トルコアイスのように、びよーんと伸びる。これが旨く、ついつい食べてしまう。腹にたまる感じもある。

日本だと、「じゃがいも」と言っても知られているのは男爵か、メークインか、あるいはインカの目覚めくらいだが、じゃがいも文化のヨーロッパでは、本当にいろいろな種類があり、おお、このじゃがいも旨いなあ、と思うことがしばしばある。

日本には雨の種類が300以上あると言われているけれど、きっとフランスには芋の種類がそのくらいあるんじゃなかろうか。

とはいえ、フランス人に教えてあげたいじゃがいも料理もある。それは、ポテトコロッケだ。

ミラノ風カツレツ(エスカロップ)は食べるくせに、そしてじゃがいもはマッシュするくせに、コロッケにはしない。

なぞである。

いろいろ種類があるのだから、努力次第では、コロッケの新境地をひらけると思うのだが。ビジネスチャンスですよ、これは。

コロッケだけではなく、メンチカツとかハムカツとかもフランスで見かけないのは、おそらくソースのせいだ。

醤油と同様に、ソースは「ワイン」には合わないからである。じゃあ、ビールバーで出せばいいじゃん、と思われるかもしれないが、ビールバーはそんなに料理を置いていないのである。基本的には火を使わない。サラミか缶詰だけの店もある。

そんなことを考えていたら、無性にポテトコロッケが食べたくなってきた。

一生分のポテトの量は、人それぞれだろうが、じゃがいもの世界は奥深いのである。

角川「俳句」2020年10月号より。

(堀切克洋)

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • follow us in feedly

関連記事

  1. 永遠に下る九月の明るい坂 今井聖【季語=九月(秋)】
  2. アルプスの雪渓見えてくる離陸 稲畑汀子【季語=雪渓(夏)】
  3. 海苔あぶる手もとも袖も美しき 瀧井孝作【季語=海苔(春)】
  4. 蜆汁神保町の灯が好きで 山崎祐子【季語=蜆汁(春)】
  5. 蟷螂の怒りまろびて掃かれけり 田中王城【季語=蟷螂(秋)】
  6. 琅玕や一月沼の横たはり 石田波郷【季語=一月(冬)】
  7. 河よりもときどき深く月浴びる 森央ミモザ【季語=月(秋)】
  8. ものゝふの掟はしらず蜆汁 秦夕美【季語=蜆汁(春)】

おすすめ記事

  1. アカコアオコクロコ共通海鼠語圏  佐山哲郎【季語=海鼠(冬)】
  2. うつくしき羽子板市や買はで過ぐ 高浜虚子【季語=羽子板市(冬)】
  3. 水底を涼しき風のわたるなり 会津八一【季語=涼し(夏)】
  4. 【新年の季語】七種粥(七草粥)
  5. 鳥の恋いま白髪となる途中 鳥居真里子【季語=鳥の恋(春)】
  6. また次の薪を火が抱き星月夜 吉田哲二【季語=星月夜(秋)】
  7. 求婚の返事来る日をヨット馳す 池田幸利【季語=ヨット(夏)】
  8. 【第6回】ラジオ・ポクリット(ゲスト:阪西敦子・太田うさぎさん)【後編】
  9. 一瞬にしてみな遺品雲の峰 櫂未知子【季語=雲の峰(夏)】 
  10. 【春の季語】鳥曇

Pickup記事

  1. なく声の大いなるかな汗疹の児 高浜虚子【季語=汗疹(夏)】
  2. 春日差す俳句ポストに南京錠 本多遊子【季語=春日(春)】
  3. 【冬の季語】夕霧忌
  4. 吊皮のしづかな拳梅雨に入る 村上鞆彦【季語=梅雨に入る(夏)】
  5. 「野崎海芋のたべる歳時記」カスレ
  6. 【冬の季語】水洟
  7. 起座し得て爽涼の風背を渡る 肥田埜勝美【季語=爽涼(秋)】
  8. マフラーを巻いてやる少し絞めてやる 柴田佐知子【季語=マフラー(冬)】
  9. 神保町に銀漢亭があったころ【第24回】近恵
  10. 「ぺットでいいの」林檎が好きで泣き虫で 楠本憲吉【季語=林檎(秋)】
PAGE TOP