汗疹とは治せる病平城京
井口可奈
私の思う良い句集・連作の条件は1つで「読んでいて自分の句のスランプを脱出できること」だ。
友人に勧められた芝不器男新人賞の井口可奈氏の100句がまさにそれ。この連作をざっと読むと、季語が春夏秋冬に並んでいる訳でもなく、無季もあり「や」「かな」「けり」の切れ字を使う口語の現代仮名遣いで書かれている事がわかる。夏の句に限定して取り上げても意味がないので、気になる句をどんどん紹介しよう。
頭痛ばかりの街です春日万灯籠
第5回芝不器男新人賞一次選考通過作品(以下の句も同様)
2句目がこれで「ばかり」「です」という語句を使っている。大きい把握であり、頭痛というマイナスにも思える言葉を、いきなり春日万灯籠という伝統季語にぶつけたのが衝撃だ。
三寒四温除霊されちゃったパン 5句目
え、何なん?除霊したのではなくされちゃったの?パンが?スーパーで?オーブンの中で??
炎天やグルテンフリーからフリー 6句目
もう乗っかっていくしかない。小麦等に含まれるたんぱく質「グルテン」を摂取しない生活をやめたのね。そりゃ炎天だから、これ以上の無理は良くないよ。グルテンフリーからフリー。自由よ永遠に。
ひき肉を炒めて寄せる盂蘭盆会 26句目
これも伝統季語をチープな日常に引き寄せる手法。小麦も肉もどんどん食べよう盂蘭盆会。
汗疹とは治せる病平城京 72句目
いきなり登場した平城京。下五の鮮やかな転調。しかし何故に平城京。ただの汗疹を治せる病と表現して、平城京でねじ伏せるのがポップで痛快。奈良観光で東大寺を拝観したとき、光明皇后が病人の救済に尽くしたことに由来する、生薬を配合した薬湯を土産に買った。不織布パックに入った生薬を揉みながら入浴したが、臭いだけだった。そんなことはどうでもいい。春日万灯籠からの平城京。
「インド人もびっくり」に匹敵する奈良県民驚愕!
二物衝撃の句について、季語が響き合うことを糸電話に例える。ぴんと張った糸が伝える言葉のように、どこかで細く繋がっている句が成功なのだろう。けれどこの句群は、もしかしたら糸のついていない紙コップを糸電話と称し、相手の耳元に投げつけるかのよう。感覚の良さが際立ってる。感覚と思い切りの良さで一次選考を正面突破している。
フードコート踊がやってきて去った 86句目
もはや私の脳内には「グルテンフリーからフリー!」というラップが駆け巡る。(ラップ知らんけど)嵐のようにやって来て思いのままに踊り狂い、読み手の前から去っていく句群。
ここまで読むと、私の凝り固まったスランプは解消されている。4年後の第6回芝不器男新人賞の一次予選を通過した作品は、冬の100句で型を整えてややおとなしいが。井口氏には俳句の他に、小説や短歌の作品もあり、2023年には現代短歌社賞を受賞している。やはり天才肌なのだろう。
(有瀬こうこ)
【執筆者プロフィール】
有瀬こうこ(ありせ・こうこ)
2016年12月作句開始。
いぶき俳句会所属。豆の木参加。
2023年第13回百年俳句賞最優秀賞。
2024年第30回豆の木賞。
2025年第8回俳句四季新人賞奨励賞。
2024年「えぬとこうこ」発売。
2025年末「えぬとこうこ2」発売予定。
【2025年5月のハイクノミカタ】
〔5月1日〕天国は歴史ある国しやぼんだま 島田道峻
〔5月2日〕生きてゐて互いに笑ふ涼しさよ 橋爪巨籟
〔5月3日〕ふらここの音の錆びつく夕まぐれ 倉持梨恵
〔5月4日〕春の山からしあわせと今何か言った様だ 平田修
〔5月5日〕いじめると陽炎となる妹よ 仁平勝
〔5月6日〕薄つぺらい虹だ子供をさらふには 土井探花