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虫籠は死んだら次の虫が来る  北大路翼【季語=虫籠(秋)】


虫籠は死んだら次の虫が来る  

北大路翼


虫籠は虫を容れるためのものである。虫はいつか死ぬ。したがって、虫籠は死んだら次の虫が来る。そういう「論理」が透けて見える非情の句だが、その直後には人間の住んでる世界はどうなのよ、というツッコミが待っている。

つまり、自分が生きている価値などあるのか、ということだが、もちろん、そのような問いの立て方のナイーブさを、作者はよく知っているだろう。

しかし、それほどまでに個人の生がないがしろにされているような社会に、わたしたちはいま、生きている(気がする)。不安になって不安になって仕方がないか、それを覆い隠すかのように、自己という存在の「強さ」を他人に誇示するか。それは逆を向いているようで、実は同じことなのだろう。

そうした「生をないがしろにしている」責任は、政治家や大企業にあるのかもしれないけれど、彼らだって、大臣や取締役といったポスト(=虫籠)のなかで、おおいにみずからの「生をないがしろにしている」のだ。虫籠のような役職や地位という形式性に自己の「強さ」を表象させることで、真の意味で自己とは何かという問いを回避しているにすぎない。

そうした点で、この句の「虫籠」は一種の社会システムの暗喩であり、それゆえに、個人によるシステム批判という読みにつながってゆく。

歌舞伎町を根城にし、「アウトロー俳句」を標榜しながら、サラリーマンとしての顔も(じつは)もっていた作者だが、勤め人であることをやめたそうだ。

われわれは、虫籠のなかから出ることはできない以上、虫籠のなかでは好き勝手やるしかない。もっとも「好きなように生きる」こともまた、自己の「強さ」なのかもしれないが、そこにはもっとわかりやすく「傷つきやすさ」が張り付いている。裸一貫で勝負している潔さがある。

ところで技巧的にいえば、「虫籠は」という主題の提示によって、「(今の虫が)死んだら」という省略があるのが、隠し味です(あたりまえですけど、虫籠は死なないですからね)。

『見えない傷』(2020)より。

(堀切克洋)



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