枝豆歯のない口で人の好いやつ
渥美清
家庭でも職場でもない第三の居場所「サード・プレイス」が、リラックスして自分らしく過ごせる、ストレスや緊張から解放される、利害関係のないコミュニティが育まれる、など現代人の精神的な健康を支える機能を持つものとして注目されている。もとはアメリカの社会学者レイ・オルデンバーグが提唱した概念で、中立・平等・排他的でない・商業主義的でないなどいくつかの特徴があるが、これは「句会」にばっちり当てはまる概念ではないだろうか。
結社など指導者のいる句会はサード・プレイス概念とは少しおもむきが異なるので、仲間内でやる句会のことと考えてほしい。日々のそれぞれにおける仕事や立場、家庭の役割から解放され、気の合う仲間同士で互いの俳句を鑑賞しあう。そこに利害関係はなく、人格を脅かす存在もいない。互いの意見は平等に扱われ、ただ俳句として提出された言語表現だけが俎上に乗る。互いの世界を少しずつ更新しあい、別れ際にはまた次の句会が楽しみになる、贅沢な時間である。
しかしそうした居心地の良い「サード・プレイス」的句会を何のあてもないところから探して見つけ、継続していくのは案外大変かもしれない。(思い当たるところでは荻窪の俳壇バル鱗-kokera-が良いだろうか。店主の野村茶鳥さんにいろいろ聞いてみよう!)いっそ、自分で立ち上げてしまうのも手である。気の合う仲間同士で句会をやってみて、徐々に活動を拡大していく面白さもある。必要なのは「句会しませんか?」という最初の声かけの勇気だけだ。
俳句に限らず文芸創作活動全般に言えることであるが、俳句は、何か正解や完璧なものがあらかじめあって先生の教えをもとにそれにたどりつく、というものではない。徹頭徹尾自分の表現意欲、言葉にせざるを得ない衝動とのがっぷり四つの闘いであり、言語表現を突き詰め、世界の認識を解放していくものだ。その過程で研鑽や鍛錬の場として結社に参加することもあるだろうが、所属意識に甘えてしまえば、単なるお稽古事に成り下がる。しかしそうした厳しさの中だけで創作活動を続けられる人は稀だ。日々の仕事や役割に少し疲れたとき、素顔のままでホッとできる「サード・プレイス」的句会は、創作を続けていく上での良い充電場所になるだろう。
掲句は『男はつらいよ』寅さんなど、言わずと知れた昭和の名優・渥美清の句。俳号は役柄そのまま「風天」である。その句境は独特のペーソスと黄昏の明るさに湛えられた、風天独自の自由律である。シンナーか、喧嘩か、虫歯も治療できないほど貧しく荒れた育ちだったか、「歯のない口」が象徴する社会の階層は残酷だ。そんな中でも「人の好いやつ」はいる。他人からつけこまれ、さんざん利用されてもきたけれど、生きる希望は潰えない。日々に疲れて入る安酒場に、そんな底抜けに明るい奴がいれば、こっちも何だか嬉しくなる。枝豆がなんとも庶民的で安心する。歯のない口でも潰せるほどに柔らかく茹でられて。プライベートの親交をほとんど明かさなかった渥美清であったが、永六輔に誘われて「話の特集」句会に参加し、めきめきと腕をあげていったという。病弱な幼少期を経て、26歳で肺結核となり片肺を摘出し、健康不安を抱えながら国民的スターとなった渥美清にとって、気の置けない仲間たちとの句会が数少ない魂の解放の場であったのだろう。
(古田秀)
【執筆者プロフィール】
古田秀(ふるた・しゅう)
1990年北海道札幌市生まれ
2020年「樸」入会、以降恩田侑布子に師事
2022年全国俳誌協会第4回新人賞受賞
2024年第3回鈴木六林男賞、北斗賞受賞
2025年第2回鱗-kokera-賞受賞
【2025年9月のハイクノミカタ】
〔9月1日〕霧まとひをりぬ男も泣きやすし 清水径子
〔9月2日〕冷蔵庫どうし相撲をとりなさい 石田柊馬
〔9月3日〕葛の葉を黙読の目が追ひかける 鴇田智哉
〔9月4日〕職捨つる九月の海が股の下 黒岩徳将
〔9月5日〕ありのみの一糸まとはぬ甘さかな 松村史基
〔9月6日〕コスモスの風ぐせつけしまま生けて 和田華凛
〔9月7日〕秋や秋や晴れて出ているぼく恐い 平田修
〔9月8日〕戀の數ほど新米を零しけり 島田牙城
〔9月9日〕たましいも母の背鰭も簾越し 石部明
〔9月10日〕よそ行きをまだ脱がずゐる星月夜 西山ゆりこ
【2025年8月のハイクノミカタ】
〔8月1日〕苺まづ口にしショートケーキかな 高濱年尾
〔8月2日〕どうどうと山雨が嬲る山紫陽花 長谷川かな女
〔8月3日〕我が霜におどろきながら四十九へ 平田修
〔8月4日〕熱砂駆け行くは恋する者ならん 三好曲
〔8月5日〕筆先の紫紺の果ての夜光虫 有瀬こうこ
〔8月6日〕思ひ出も金魚の水も蒼を帯びぬ 中村草田男
〔8月7日〕広島や卵食ふ時口ひらく 西東三鬼
〔8月8日〕汗の人ギユーツと眼つむりけり 京極杞陽
〔8月9日〕やはらかき土に出くはす螇蚸かな 遠藤容代
〔8月10日〕無職快晴のトンボ今日どこへ行こう 平田修
〔8月11日〕天上の恋をうらやみ星祭 高橋淡路女
〔8月12日〕離職者が荷をまとめたる夜の秋 川原風人
〔8月13日〕ここ迄来てしまつて急な手紙書いてゐる 尾崎放哉
〔8月14日〕涼しき灯すゞしけれども哀しき灯 久保田万太郎
〔8月15日〕冷汗もかき本当の汗もかく 後藤立夫
〔8月16日〕おやすみ
〔8月17日〕ここを梅とし淵の淵にて晴れている 平田修
〔8月18日〕嘘も厭さよならも厭ひぐらしも 坊城俊樹
〔8月19日〕修道女の眼鏡ぎんぶち蔦かづら 木内縉太
〔8月20日〕涼新た昨日の傘を返しにゆく 津川絵理子
〔8月21日〕楡も墓も想像されて戦ぎけり 澤好摩
〔8月22日〕ここも又好きな景色に秋の海 稲畑汀子
〔8月23日〕山よりの日は金色に今年米 成田千空
〔8月24日〕天に地に鶺鴒の尾の触れずあり 本間まどか
〔8月26日〕天高し吹いてをるともをらぬとも 若杉朋哉
〔8月27日〕桃食うて煙草を喫うて一人旅 星野立子
〔8月28日〕足浸す流れかなかなまたかなかな ふけとしこ
〔8月29日〕優曇華や昨日の如き熱の中 石田波郷
〔8月29日〕ゆく春や心に秘めて育つもの 松尾いはほ
〔8月30日〕【林檎の本#4】『 言の葉配色辞典』 (インプレス刊、2024年)