気を強く春の円座に坐つてゐる 飯島晴子【季語=春(春)】


気を強く春の円座に坐つてゐる)

飯島晴子

 〈いつも二階に肌ぬぎの祖母ゐるからは〉は、晴子自身見たこともない曽祖母がモデルだそう。「毎日晩酌を欠かさず、夏は肌脱ぎで酒を飲んだ」その曽祖母は「京都の暗い家の中に肌脱ぎでとぐろを巻いている醜悪な因業婆」だったらしい。掲句にもその曽祖母のイメージを見出すことができる。暗い部屋に妖しい夕日がさしこみ、気難しい老女が円座に座っているのである。

 晴子の母方は西陣の機屋。掲句や〈簟眼にちから這入りけり〉は晴子の原風景を反映しているだろう。このような「京都という都会に生まれ育った」晴子は「本意の側」にあり、まわりは「本意のうっとうしさに満ち満ちて」いたという。そして「これに抵抗していると思っている間は爽やかに仕合わせであった」とも。一方で俳句は「本意に対する批判を……基本の精神として持って」いながら「この極端な短さで本意を無視して何が出来るかという矛盾」を持っており、この矛盾が「俳句形式の原エネルギー」であり、「この矛盾自体が俳句形式かもしれないと思うことすらある」とも述べている。自身の精神構造と俳句形式とを重ね合わせているのである。

 私自身、「この矛盾自体が俳句形式かもしれない」ということを、それなりに長い間、句作の拠り所としてきた。俳句とはなんだろうと頭を抱えるとき、この明快な説明に救われるのである。これさえ意識していれば、自分の作ったものが俳句たりえると盲信しているところがある。

 ただし、私は明らかに「本意の側」にはない。ではなぜ俳句という形式が私にしっくりと来るのか。人様の形式論から独り立ちして自分なりの考えが生まれたとき、初めて一人前と言えるのだろう。その日はまだまだ遠い気がしている。

小山玄紀


【執筆者プロフィール】
小山玄紀(こやま・げんき)
平成九年大阪生。櫂未知子・佐藤郁良に師事、「群青」同人。第六回星野立子新人賞、第六回俳句四季新人賞。句集に『ぼうぶら』。俳人協会会員


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