葉牡丹に恋が渦巻く金曜日 浜明史
金曜日になると心がざわつくものである。恋人に逢えるのか逢えないのか。土日が休みの会社に勤務していると、週末だけが恋の時間となる。金曜日の夜に食事をして朝まで一緒に過ごし、土曜日には少し遠出をする。あるいは、土日のデートの約束は金曜日までにしなければならないという暗黙の了解もあるだろう。学生となれば、土曜日は午前中に授業が終わるため、午後に逢う約束をする。金曜日は、男性は電話をするべきか悩み、女性は連絡を待つ日なのである。
二十代も終わりの頃、金曜日にしか逢えない恋人がいた。彼は都市計画の会社に勤務しており、平日は出張が多く、金曜日に戻ってくる。土日は地元のサッカーチームの練習や試合に出掛けて行ってしまう。私もまた、平日は朝早くから夜遅くまで仕事をしていて、土日は俳句の会に参加していた。お互いにやりたいことを持っていたため共感し合い、恋仲となったのだが、逢えない日が続くと淋しさがつのる。私の勤務していた会社は、金曜日はノー残業デーで、昼休憩を終えると普段の三倍増しの速度で作業を進めてゆく。日脚が伸びた1月の定時退社時刻は少しだけ空に明るさが残っている。彼の住む町の駅近くの喫茶店で連絡を待つ。事前に待ち合わせ時間を決めていても時間通りには来ない人であった。まして、退社時刻を過ぎても連絡がない場合は、逢えるのかどうかも分からない。逢えても逢えなくても、金曜日だけはいつもより綺麗に着飾って、どきどきしながら待っていたのだ。喫茶店の窓から見える葉牡丹だけが私の秘かなときめきと孤独を知っていた。待つという時間は、期待と不安が入り混じった美しい時間で、逢えなくてもその緊張感で心が満たされた。金曜日に逢いたいと想える人がいること、それだけで単調な毎日が華やいだ。
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