降る雪や昭和は虚子となりにけり
高屋窓秋
本日一月一日は高屋窓秋の命日である。
降る雪や昭和は虚子となりにけり
一読、含みの多い句であろうと思う。あえて示すまでもないが、掲出句は「降る雪や明治は遠くなりにけり」(中村草田男)を踏まえたものである。ここでは、その含意を逐一明かして一句の真意を明らかにしようなどと大それたことをいうつもりもないが、晩年の窓秋のこうした作、ことに「追憶の旅」と題された連作に所収の句群は、単に「パロディ」の一語をもって片付けるべきではない窓秋の問題意識が通底しているように思われる。なお、この句はのちに「降る雪の昭和は虚子となりにけり」と改められた。
以下に、「追憶の旅」の句を抄出する。
吹き起る秋風波郷大股に
広島や頭剃るとき顔がなし
碁を打ちし長き一生サギ・カラス
足二本だけ生えてゐる地球
船長が沈んだ海の帽子は泳ぐ
これらの句に対応する句は次の通りである。
吹きおこる秋風鶴をあゆましむ 石田波郷
広島や卵食ふ時口ひらく 西東三鬼
子を殴ちしながき一瞬天の蟬 秋元不死男
草二本だけ生えてゐる 時間 富沢赤黄男
船焼き捨てし/船長は//泳ぐかな 高柳重信
いずれもまったく間の抜けた句に改作されている。また、たとえば「吹き起る秋風波郷大股に」の句などは、「大股に」がすでに滑稽であるが、それ以前に、波郷自身を鶴に擬してしまう手つきに滑稽さを通り越した露悪趣味をさえおぼえる。まして、原句は波郷に「鶴」の一語をもたらした句である。
同様に、戦後の広島を捉えて壮絶な「広島や卵食ふ時口ひらく」、父親の切実な心の動きを詠んだ「子を殴ちしながき一瞬天の蟬」の二句についても、容易に茶化しうるものではなかろう。そのうえ、「頭剃るとき顔がなし」のどうにも像を捉えかねる一種不条理ともいえる表現や、「碁を打ちし長き一生」の乾いた徒労感、「サギ・カラス」とあえて片仮名を用いて表記することで生物的生々しさを一句に想起させる工夫があることなど、改作後の句をどこか不気味に、暗く描き切ることに余念がない。
残る二句は、いずれも空白や改行など、表記上、形式上の意図が重要な句であるが、どちらもそうした要素は削ぎ落とされている。
そしてこれらの句の作者四人、皆窓秋との縁浅からぬ俳人であり、「追憶の旅」以前に没している。そうした前提に立ってみれば、あえて「追憶」とまでいった連作に上述のごとき不調法ともいえるパロディが試みられていることには、やはり何か特別な意図があったと考えるのが自然ではなかろうか。
しかし私がこれ以上厳密な論証を欠いたまま、曖昧で手前勝手な議論を重ねて、窓秋の、たとえば「真意」などというものを明らかにしようと意気込むのは、それこそ不調法が過ぎるといえよう。
尻切れの感は否めないが、今回示したことの詳細な検討は別の機会に行うこととし、以下、「追憶の旅」の前後に編まれた窓秋最終句集『花の悲歌』より、いくつか自由に句を抜きだして、本稿の結びにかえたい。
雪月花酒池肉林の句遊びや
雪月花風狂詩人殺め人
雪月花「私のすべて」死して謝す
雪月花美神の罪は深かりき
雪月花されば淋しき徒労の詩
白い夏野の黒い焼野のきりぎりす
(加藤柊介)
【執筆者プロフィール】
加藤柊介(かとう・しゅうすけ)
1999年生まれ。汀俳句会所属。
2020年10月からスタートした「ハイクノミカタ」。【シーズン1】は、月曜=日下野由季→篠崎央子(2021年7月〜)、火曜=鈴木牛後、水曜=月野ぽぽな、木曜=橋本直、金曜=阪西敦子、土曜=太田うさぎ、日曜=小津夜景さんという布陣で毎日、お届けしてきた記録がこちらです↓
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