香水の中よりとどめさす言葉
檜紀代
一読してすぐに思い描くのは、気の強い女性の像。ただ、この句には「女」とも「男」ともどこにも書かれていないのだ。しかし読者は、香水を戦闘服のように身にまとい、相手を甘く威嚇している様子から、言葉を発しているのは女だと迷いなく判断するだろう。
それでは、言葉を投げつけられた側は女か男か。男だとすれば、これは愛憎劇ととれ、鋭い言葉にダメージを受けてペシャンコになっているみじめな男性の姿を想像してしまう。
一方、言われたのが女だととると、女二人の関係性は女と男の場合より複雑な様相を呈してくる。私としては後者の方を推したい。気の強い女に男が簡単にやっつけられている場面よりも女同士の方がドラマに広がりがあり面白いからだ。そんなことを考えていたら、ふと「女を傷つけることができるのは女だけ」という言葉を思い出した。昔、学生時代に読んだ何かの小説の一節だ。何の本だっただろう、ネットで検索してみたらいとも簡単に答えが出てきた。江國香織の『ホリー・ガーデン』だった。小学校から高校まで女子校で一緒に過ごし、今は30歳手前になっている二人の女性の物語。お互いに、お互いの人生について複雑な感情を抱きながらも友人関係を続ける二人の日常や恋愛模様。久しぶりに本を手にとり、例の箇所を探してみた。
「ときどき、女を傷つけることができるのは女だけなのだと思うことがある。○○(元恋人の名)にさえ、自分が傷つけられたとはとても思えないのだった。」
女は複雑で難しい。女を傷つけることができるのは女だけかもしれないが、女を救うことができるのも女だけなのかもしれない。
(柴田麻美子)
【執筆者プロフィール】
柴田麻美子(しばた・まみこ)
1979年生まれ
2010年「鬼」入会、以後復本一郎に師事。
2011年「鬼」新人賞
2022年「阿」入会
2024年より「阿」編集長
【2025年6月のハイクノミカタ】
〔6月3日〕汽水域ゆふなぎに私語ゆづりあひ 楠本奇蹄
【2025年5月のハイクノミカタ】
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〔5月2日〕生きてゐて互いに笑ふ涼しさよ 橋爪巨籟
〔5月3日〕ふらここの音の錆びつく夕まぐれ 倉持梨恵
〔5月4日〕春の山からしあわせと今何か言った様だ 平田修
〔5月5日〕いじめると陽炎となる妹よ 仁平勝
〔5月6日〕薄つぺらい虹だ子供をさらふには 土井探花
〔5月7日〕日本の苺ショートを恋しかる 長嶋有
〔5月8日〕おやすみ
〔5月9日〕みじかくて耳にはさみて洗ひ髪 下田實花
〔5月10日〕熔岩の大きく割れて草涼し 中村雅樹
〔5月11日〕逃げの悲しみおぼえ梅くもらせる 平田修
〔5月12日〕死がふたりを分かつまで剝くレタスかな 西原天気
〔5月13日〕姥捨つるたびに螢の指得るも 田中目八
〔5月14日〕青梅の最も青き時の旅 細見綾子
〔5月15日〕萬緑や死は一弾を以て足る 上田五千石
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〔5月20日〕汗疹とは治せる病平城京 井口可奈
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〔5月23日〕やす扇ばり/\開きあふぎけり 高濱虚子
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〔5月25日〕海豚の子上陸すな〜パンツないぞ 小林健一郎
〔5月26日〕籐椅子飴色何々婚に関係なし 鈴木榮子
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