桂男すまずなりけり雨の月
芭蕉(宗房)
芭蕉がいまだ宗房と本名を名乗っていた少壮期の句。
雨で名月が見られない「雨の月」に、桂男も愛想をつかして月に住まなくなってしまった、月に住むという桂男の伝承をふまえた句。
『新編日本古典文学全集70松尾芭蕉集』(井本農一、堀信夫校注、小学館)は、月が「澄む」から「住まず」を掛け、さらに「男、すまずなりにけり」という伊勢物語にもとづく表現でまとたのが手柄だ、と指摘している。
桂男は、もとは中国の伝承で、唐代の『酉陽雑俎』ですでに古説とされる。それによれば仙道を学んでいた呉剛という男が誤りを犯して月に流され、桂の大木を切っているが、切ったあとから切り口がふさがってしまうという。つまり永遠に終らない流刑である。
北村季吟の編んだ季寄『山之井』に次のようにある。
月の桂とは、月中に五百丈の木あり。其木のもとに人あり。性(姓)は呉、名は剛、是を月人男とも、桂男ともいひ侍とそ。
呉剛の名はあるが木を切り続けているとは書かれないし、「月人男」とも呼ぶという。
「月人男」は古く『万葉集』にある言葉で、同じく「月読壮子」という言葉もある。「桂男」の伝承に基づくともいわれるが、月を擬人化した語彙として別に考えたほうがよいかもしれない。歌語としての「月人男」「月読男」には流刑のネガティブなイメージがなく、月にいるというロマンチックな雰囲気だけが重視される。
天の海に月の舟浮け桂梶 懸けて漕ぐ見ゆ月人壮子(万葉集巻十・2227番歌)
月を舟に見立て、桂の梶を操り天空を行く「月人壮子(男)」。桂が共通するので「桂男」(呉剛)と無関係でもなさそうだが、星空を渡る船の漕ぎ手という優雅で雄大なイメージは、月そのものの擬人化とも違い、天の川を渡る彦星の伝承の影響があるとの指摘もある。
平安時代の物語『狭衣物語』に「桂男」を月の異称として使う例があり、平安時代末期の流行歌謡集『梁塵秘抄』には
月は船 星は白波 雲は海 いかに漕ぐらん 桂男はただ一人して(梁塵秘抄450)
という歌があって、すっかり「月人男」と同じ、月の船を漕ぐ漕ぎ手となっている。
こうして「桂男」も「月人男」とともに歌語の仲間入りをしていくわけだが、俳諧の世界では「桂男」のほうが好んで用いられ、
梶取は桂男か月の船 重頼(貞門俳諧集・犬子集)
月しろにこもるは桂男かな 徳元(貞門俳諧集・塵塚俳諧集)
朧月の桂男はくろんばう 方成(貞門俳諧集・崑山集)
など、月に住む「桂男」の伝承をくだけた調子で詠んだ句が散見される。ところが、次第に少しずらした「桂男」像も登場しはじめたようで、
かつら男まねくとおちな女七夕 友静(貞門俳諧集・俗山井)
こちらは七夕伝承と関わって、女七夕、つまり織姫を手招きして誘惑するプレイボーイ風の「桂男」。もと天の川を渡る彦星のイメージがあったことからの発想だが、どうやら月に手が届かない、という連想から「桂男」は妖艶なイケメンともされていたらしい。
談林俳諧のほうでも『夢見草』に、編者蔭山休安の
桂雄と妹背が月の雪女 休安
という句が収められている。プレイボーイの「桂男」は、冬になると雪女を妹背(恋人)にするだろうという。月の精霊とすれば同じようなものかもしれないが、雪女のような化け物に近いと扱われていたらしい。
江戸時代に成立したことわざ辞典『譬喩尽』には、「月の中の桂男に招かるると三年の中に死ぬる」という俗信が記載される。
月を見つめるのは不吉、という俗信は古典や民間習俗にもあるようだが、それを「桂男」のせいだという。こうした俗信を反映してか、『絵本百物語 桃山人夜話』には小豆洗やお菊虫と同じく妖怪として紹介されている。
月の中に隈あり、俗に桂男といふ。久しくみゐる時は手を出してみる者を招く。招かるゝ者命ちゞまるといひ伝ふ。歌に「みるたびに延ぬとしこそうたてけりひとのいのちと月はかゝねど」このほかにも、月をながめてみの老をなげきたるうた挙てかぞへがたし。からの詩にも、月に対して愁ひ、月をみて命をちゞむる、と云意のあること筆に尽しがたし。是に依たる也。
とあって、月の隈(かげ)を「桂男」といい、長く見入っていると手を出して招き、命を縮めるのだという。和歌や漢詩で、月を眺めて老いを嘆くことが多いのもそのためだ、というのである。
挿絵には雲のような姿で月にかかる「桂男」が描かれ、画中にも
月をながく見いり居れば、桂おとこのまねきて命ちぢむるよし、むかしよりいひつたふ。
とある。現代の妖怪辞典では、もっぱらこの『桃山人夜話』バージョンが知られている。
最後に、妖怪「桂男」の活躍する面白い作品を紹介したい。
江戸時代初期の人形浄瑠璃(近松門左衛門以前の作品なので「古浄瑠璃」と呼ばれる)のひとつで『あたごの本地』という。
その名のとおり、実は京都の愛宕神社の祭神、愛宕権現の本体は、朝鮮半島から招かれ聖徳太子の軍師になった文武両道の超人、日羅将軍であったという、荒唐無稽な歴史スペクタクルである。この日羅が戦うのが、唐の天狗是害坊であったり、日羅を連れ戻そうとする朝鮮の軍勢だったりするのだが、そのなかに「桂男」も登場する。
日羅が来日したときに、月がたちまち二つになり、日羅がそのうち一つを射落とすと一方が白い鬼の姿となって、自分を月に住む「桂男」だと名乗って日羅と格闘しはじめる。日羅は剣をふるって争い、首をはねてしまう。その正体は、実は月に住む兎で、首を投げ捨てた川が「桂川」となった、という。
まったく荒唐無稽な話で、特に桂男の首が桂川の由来になったというのは、ほかの作品では見られない独創的な説話である。しかし、歌語の優雅な「月人男」から妖怪「桂男」への変化には、おそらく俳諧のずらしも一役買っているだろう。
現代俳句では雪女などに比べると「桂男」の句を見る機会はほとんどないが、いつか使ってみたい季語である。
【参考文献】
竹原春泉『桃山人夜話絵本百物語』角川ソフィア文庫,2006
池宮正治「万葉集に於ける文学の場としての宴―七夕・月人壮子を中心に」『琉球大学法文学部紀要・人文篇』13,1969
久留島元「「あたごの本地」を読む」『京都精華大学紀要』54,2021.02
【執筆者プロフィール】
久留島元(くるしま・はじめ)
1985年兵庫県生まれ。同志社大学大学院博士後期課程修了、博士(国文学)。元「船団」所属。第4回俳句甲子園松山市長賞(2001年)、第7回鬼貫青春俳句大賞(2010年)を受賞。共著に『関西俳句なう』『船団の俳句』『坪内稔典百句』『新興俳句アンソロジー』など。関西現代俳句協会青年部部長。京都精華大学 国際文化学部 人文学科 特別任用講師。
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