【新連載】
新しい短歌をさがして
【1】
服部崇
(「心の花」同人)
今月から新しく歌人・服部崇さんによる「新しい短歌をさがして」がスタート。アメリカ、フランス、そして台湾へと動きつづける崇さん。日本国内だけではなく、既存の形式にとらわれない世界各地の短歌に思いを馳せてゆく時評/エッセイです。毎月第1日曜日に配信。
新しい短歌をさがして
京都にいた頃、京町家を借りて短歌を語る会を行っていた。「ひより短歌の会」では、私からは、毎回、気になる短歌を紹介していた。コロナ禍が広がって会の開催を断念することとなる直前の回、いくつか紹介したい短歌作品のなかに、五島茂の次の一首を含めた。
バビロニア巨大彫刻群の間ゆくはたくましき精神に触るる如く愉し 五島茂『海図』
五島茂が大英博物館で詠んだ歌のなかの一首。歌集『海図』は五島茂の第二歌集、甲鳥書林、1940(昭和15)年刊行。五島茂は1931年から1933年まで英国に留学し、大英博物館で古文書検索にいそしんだ。バビロニア巨大彫刻群はその際に見上げたのだろう。「たくましき精神」は彫刻に宿っているのか、彫刻を彫ったバビロニアの人びとが持ち合わせていたのか、あるいは大英帝国の航海者たちに思いを寄せているのか、わからない。とはいえ、作者は彫刻群の間を歩くことを「愉し」と言い切っている。
(前略)昭和初頭の新興短歌運動に行きつまって、ついに故国に放棄してきた短歌、それがインド洋を経てヨーロッパに入ってから一年半のロンドン生活体験に目に見えぬ間に鍛えられ、故国とは異なった表現の仕方に変異を遂げて身を隠しておったのか、――短歌律とはおもうものの、基準律動を軸とする振幅のひろい、弾力的な、規制的な、むしろ一種の破調構造の韻律形態のものであった。それは前には無かった新鮮な貌をもった構成体であるように見え、ヨーロッパ生活の表現様式としても耐えうる印象さえもちえて再生したのである。(後略)
五島茂「短歌について」『学鐙』昭和59年4月5日号、『定本 五島茂全歌集』(石川書房、1990)より引用
五島茂はロンドン留学により短歌に新たに取り組むきっかけを与えられたのである。そして、それは、五島がヨーロッパという彼にとっての異郷に長く身を置く中で、新たな短歌の表現様式を兼ね備えるものへと進化していった。
コロナ禍は長期化し、「ひより短歌の会」の再開を果たせぬうちに、私は、京都を離れ、東京に移り、そして、東京を離れた。いまは、新たな地に降り立ったところであるが、この先どのようなことが待っているのか期待と不安を楽しんでいる。これから「たくましき精神」に触れることがあるのかどうかわからない。既存の形式にとらわれることはしないでいたい。新しい短歌を見つけていきたい。
【執筆者プロフィール】
服部崇(はっとり・たかし)
「心の花」所属。居場所が定まらず、あちこちをふらふらしている。パリに住んでいたときには「パリ短歌クラブ」を発足させた。その後、東京、京都と居を移しつつも、2020年まで「パリ短歌」の編集を続けた。歌集『ドードー鳥の骨――巴里歌篇』(2017、ながらみ書房)、第二歌集『新しい生活様式』(2022、ながらみ書房)。
Twitter:@TakashiHattori0
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