小谷由果の「歌舞伎由縁俳句」【第15回】歌舞伎吟行 〜丸橋忠弥・芝浜革財布〜

【第15回】
歌舞伎吟行 〜丸橋忠弥・芝浜革財布〜

(2025年12月19日 歌舞伎座『十二月大歌舞伎』)

今月十二月は、京都南座が顔見世に加えて八代目尾上菊五郎・六代目菊之助の襲名披露興行でもあり大変豪華な顔ぶれだったが、歌舞伎座も華やかな演目で魅せてくれた。

第一部は、中村獅童と初音ミクがコラボレーションし今年十周年を迎えた『超歌舞伎』で、普段歌舞伎座ではあり得ない客席でのペンライト使用やスマートフォンでの役者写真撮影など、客席と交流する獅童たち演者とファンの愛があふれる演目。第三部は、坂東玉三郎が演出し今年八月に上演した新作歌舞伎『火の鳥』が早くも再演。どちらも話題性と華やかさがある新作だったので、第二部は相対的に一見地味に見える古典的演目の『丸橋忠弥』と『芝浜革財布』だったが、これが本当に面白かった。

今回、この第二部を観劇後に俳句を詠む「歌舞伎吟行」を行った。

歌舞伎吟行とは
歌舞伎吟行は、他の吟行と基本的に同じで、道中を含め体験したことをもとに俳句を詠むのだが、歌舞伎吟行ならではの難しさもある。
一つめは、観劇中に俳句をほぼ作れないこと。上演中は照明が暗くなる上、メモ書きの音も響いてしまうほど客席は静かで、集中しないと筋が追えなくなるため、途中で俳句を考える時間と書き留める時間がほぼない。
そして二つめは、季節が定まらないこと。実際の暦の上での季節は冬でも、舞台上には春夏秋冬があるため、どの季節で詠むかを迷う。私が企画する歌舞伎吟行では、舞台を観たままの季節で良いことにしている。
三つめは、吟行の時間の長さ。観劇を約3時間してから句作、句会、反省会(二次会)となると、9時間くらいかかる。今回は、観劇のみご一緒し、出句は後日とした。

参加メンバー
今回の歌舞伎吟行に参加してくださったのは、内野義悠さんと藤色葉菜さん。義悠さんは土日がお仕事で多忙とのことで、平日の12月19日に行った。

義悠さんとは、今年1月にも歌舞伎吟行をして、その時が人生初歌舞伎だったそう。香川照之さんがお好きで、歌舞伎俳優としての市川中車も観たい、ということだったので、中車さんが『丸橋忠弥』と『芝浜革財布』どちらにも出演されている第二部にお誘いした。義悠さんは僧侶で、当日も歌舞伎座に来る直前までお仕事で袈裟を着ており、車で歌舞伎座にいらして駐車場で着替えたそう。袈裟姿で客席にいる姿もちょっと見てみたかった。

葉菜さんは、四代目市川猿之助がまだ二代目市川亀治郎だった頃からご贔屓で、私も大好きな四代目猿之助を一緒に観ようと、2023年5月明治座の「市川猿之助奮闘歌舞伎公演」での歌舞伎吟行を企画したところ、その当日がまさに四代目猿之助の事件により市川團子が急遽主役を代演することになった5月20日の土曜日だったという、衝撃と奇跡を目の当たりにした“同志”。それからもお互い変わらず歌舞伎を観続け、度々ご一緒させていただいている。

『丸橋忠弥』と『芝浜革財布』
今回の歌舞伎吟行で観た演目は、『丸橋忠弥』と『芝浜革財布』の二つ。

『丸橋忠弥』は、1651(慶安4)年に起こった江戸幕府転覆計画「慶安の変」(由井正雪の乱)を題材にした講談『慶安太平記』を、狂言作者の河竹黙阿弥が歌舞伎化し明治3年3月(1870年4月)に守田座で初演されたものから、由井正雪と共謀する丸橋忠弥のくだりを抜き出し、今回新たな演出をしたもの。

丸橋忠弥を演じる尾上松緑による立廻りの数々が見どころ。井戸の水を汲んで実際に舞台上で水を浴び、水を口に含んで刀に吹き付ける“本水”、戸板を坂のように組んだところを駆けあがって屋根へ上り、蜘蛛の巣のように放射状に組んだ縄へ屋根から飛び降りる“仏倒れ”、戸板を3枚組んだ上に乗ったまま倒れる“戸板倒し”と、ダイナミックな立廻りに驚いて思わず「わぁ!」と声が出てしまうほどだった。


『芝浜革財布』は、三遊亭圓朝の作とされる古典落語の人情噺『芝浜』を原作として、二世竹柴金作が脚色して歌舞伎化し大正11(1922)年2月に市村座で初演されたもの。

大酒飲みで真面目に働かず借金の嵩む魚屋(中村獅童)が、女房(寺島しのぶ)に起こされて渋々夜明け前に行った魚河岸の芝浜で、大金の入った革財布を拾い、家に帰って女房に報告してそれを預ける。夫はその大金をあてにしてもう働かないと言い出し、ご馳走や酒をじゃんじゃん注文し、飲み仲間と宴を催し大酒を飲み、寝込んでしまう。拾ったお金を使い込んで夫が役人に捕まってしまうと思った女房は、二日酔いの夫に革財布は夢で見たんだと言い聞かせる。夫は夢だと信じ始め、ご馳走や酒のお代が払えないと焦り、酒で自分がダメになったことを自覚し、断酒して3年真面目に働く。3年後の大晦日、働いて稼いだお金で綺麗に畳を新調し、女房のいれた福茶を夫婦で飲みながら、女房は革財布が夢だと騙していたことを告白する。革財布は3年前に女房がお上に預け、落とし主が現れなかったため女房のもとに返されていた。夫は改心させてくれた女房に感謝し、女房は久々に夫に酒をすすめる。

歌舞伎では落語と異なるところがいくつかある。最後に酒をすすめられた夫が「また夢になるといけねぇ」というのが落語のサゲだが、歌舞伎ではその酒を飲み、革財布の中の大金は年末の大火事で家を焼き出された人たちに大工(市川中車)を通して全額寄付する。また、落語では詳細に描かれない、飲み仲間との宴の場面も歌舞伎版の見どころ。今回は、中村獅童、市川中車、市川猿弥、澤村精四郎、さらに梶原善と、歌舞伎俳優以外も巻き込んだ気心知れた俳優たちの本当に酒を飲んでいるような賑々しい職人芸が印象的だった。

3 人の歌舞伎俳句
・内野義悠
すと正す背な極月の幕開くる
冬麗の縄へ身投ぐる清しさよ
めでたい焼ぱりり開演五分前
酔へる獅童酔へる中車や冬ぬくし
子役のこゑのまつすぐ伸ぶる師走かな

・藤色葉菜
松緑の酔うた下駄音暮早し
バリ多きめでたい焼にかぶりつき
豪快な嚔に幕のひらきけり
燗酒に女房自慢のせめぎ合ふ
待春やしのぶに掛かる大向ふ

・小谷由果
白壁を伝ふ着到冬うらら
松緑の痣に沁むらむ燗の酒
冴ゆる夜や切先に水噴きつけて
妻の嘘讃ふる夫や大福茶
外套に芝居の熱を包みけり

句の中に出てくる歌舞伎関連語について補足させていただく。
「めでたい焼」は、歌舞伎座の3階で幕間に販売している鯛焼で、中には小豆あんと紅白の餅が入っている。歌舞伎座では年中販売しているが、鯛焼は冬の季語なので、今回の歌舞伎吟行にはぴったり。幕間に3人で並んで食べためでたい焼がとっても美味しかった!

寺島しのぶは、七代目尾上菊五郎(音羽屋)の長女で、女性は歌舞伎の家の出身でも舞台に立つことは稀だが、寺島しのぶは今回の『芝浜革財布』で歌舞伎座に出演するのは2度目。前回出演した『文七元結物語』も、中村獅童との夫婦役だった。「音羽屋!」と大向うがかかっているのを聞いて感慨深いものがあった。またぜひ出演してほしい。

「着到」は、開演30分前を知らせる囃子のこと。まだ幕の閉まっている歌舞伎座の舞台上から笛と太鼓で生演奏される。今回、第二部は14時45分開演だったので、14時に歌舞伎座の正面玄関横で待ち合わせていたが、義悠さんの車が渋滞に巻き込まれてしまい、葉菜さんと外で待っていたところ、14時15分の着到が、歌舞伎座の壁を伝って外までかすかに聞こえてきた。外でも着到を聴けるのは、うきうきして嬉しいものだった。

(来年もまた、歌舞伎吟行を開催したいと思いますので、その際にはぜひご参加くださいませ!)

小谷由果


【執筆者プロフィール】
小谷由果(こたに・ゆか)
1981年埼玉県生まれ。2018年第九回北斗賞準賞、2022年第六回円錐新鋭作品賞白桃賞受賞、同年第三回蒼海賞受賞。「蒼海」所属、俳人協会会員。歌舞伎句会を随時開催。

(Xアカウント)
小谷由果:https://x.com/cotaniyuca
歌舞伎句会:https://x.com/kabukikukai


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