神保町に銀漢亭があったころ

神保町に銀漢亭があったころ【第69回】山岸由佳

銀漢の片隅に

山岸由佳
(「炎環」「豆の木」同人)

実は、私が銀漢亭を訪れたのは、片手で数える程である。理由は明白だ。お酒が飲めないのである。それに加え大の人見知りである。長野県出身のため、伊那出身の伊那男さんは気になる存在でありながら、銀漢亭に集まる人たちはどこか遠い星に棲む遠い存在のように思っていた。

初めて銀漢亭に行く機会が訪れたのは、結社の先輩である柏柳明子さんの現代俳句新人賞の祝賀会だっただろうか。人があふれるほどに集まり、また集まっている人のエネルギーに圧倒されたのを覚えている。伊那男さんの寡黙な仕事ぶりも印象的であった。まだ俳人の知り合いも少なく、賞などには程遠いと思っていたので、知らない世界に少しだけ踏み入れたような心地がしていた。そして、その3年後の第33回現代俳句新人賞で、自分が同じ場所で祝われることになるとは思ってもいなかった。

同年の6月に、結社の先輩である中嶋憲武氏と結婚をしたばかりで、私にとってめまぐるしい一年となった訳だが、結婚のお祝いも合わせてお祝いをして頂いたので、銀漢亭は大変思い出深い場所となった。俳句に出会わなければ、出会っていなかっただろう人達にたくさんのお祝いの言葉とお祝いの句。今、その色紙を読み返してみると、くすぐったくもあり、コロナ禍で久しく会っていない人たちの顔を思い出し少しだけ寂しくもなる。

寒太先生からの色紙には「光琳の描きし亀の鳴きにけり」と書かれていた。季節は秋だったので、「なぜ光琳? 春の季語?」という疑問がその場で沸いたのだけど、家に帰ってから、受賞作のうちの「亀鳴くかこつちの道がおもしろい」への挨拶句だったことに気がついた。

まだまだ俳句の道は遠いようだ。


【執筆者プロフィール】
山岸由佳(やまぎし・ゆか)
1977年生まれ。「炎環」「豆の木」同人、第33回現代俳句新人賞。


  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • follow us in feedly

関連記事

  1. 俳人・広渡敬雄とゆく全国・俳枕の旅【第32回】城ヶ島と松本たかし…
  2. こんな本が出た【2021年2月刊行分】
  3. 神保町に銀漢亭があったころ【第34回】鈴木琢磨
  4. 神保町に銀漢亭があったころ【第127回】鳥居真里子
  5. 【結社推薦句】コンゲツノハイク【2023年12月分】
  6. 【連載】歳時記のトリセツ(7)/大石雄鬼さん
  7. 「けふの難読俳句」【第6回】「後妻/前妻」
  8. 【#44】写真の不思議

おすすめ記事

  1. 【冬の季語】雪
  2. 【夏の季語】干梅
  3. つひに吾れも枯野のとほき樹となるか 野見山朱鳥【季語=枯野(冬)】
  4. 「パリ子育て俳句さんぽ」【2月26日配信分】
  5. 【夏の季語】筍
  6. 花いばら髪ふれあひてめざめあふ 小池文子【季語=花いばら(夏)】
  7. 【連載】加島正浩「震災俳句を読み直す」第10回(最終回)
  8. 黒揚羽に当てられてゐる軀かな 飯島晴子【季語=黒揚羽(夏)】
  9. 「野崎海芋のたべる歳時記」カオマンガイ
  10. おにはにはにはにはとりがゐるはるは 大畑等

Pickup記事

  1. 【新企画】コンゲツノハイク(2021年1月)
  2. 馬の背中は喪失的にうつくしい作文だった。 石松佳
  3. 風邪ごもりかくし置きたる写真見る     安田蚊杖【季語=風邪籠(冬)】
  4. 【夏の季語】蜘蛛の糸
  5. 誕生日の切符も自動改札に飲まれる 岡田幸生
  6. 神保町に銀漢亭があったころ【第118回】前北かおる
  7. 地吹雪や蝦夷はからくれなゐの島 櫂未知子【季語=地吹雪(冬)】 
  8. 【新年の季語】初夢
  9. 【冬の季語】白鳥
  10. 【新年の季語】小正月
PAGE TOP