連載・よみもの

【短期連載】茶道と俳句 井上泰至【第9回】


【第9回】
茶の旬


「新」茶という言霊

白き花活けて新茶の客を待つ  正岡子規

 新茶は早くから初夏の季語である。健康な「白」を愛した稚気溢れる子規のもてなしである。一般的に「新茶の時期」と言えば本来春である。茶の葉は4月末から5月初頭に収穫の最盛期を迎え、順次家庭に届く。しかし、「茶摘み」は晩春だが、「新茶」は初夏となるのは何故か?

 ここには、折口学派の山本健吉よろしく民俗学を引こう。「予祝」という言葉がある。豊作や多産を祈って,一年間の農作業や秋の豊作を模擬実演する呪術行事のことを言う。あらかじめ期待する結果を模擬的に表現すると,そのとおりの結果が得られるという「俗信」にもとづいて行われる。

 「予祝」の心性は、農耕儀礼に限らない。「新年あけましておめでとうございます」と挨拶するが、論理的にはおかしい。井上の授業の単位を落として留年だってありえる。あくまで、言葉であらかじめ祝っておいて、現実の「福」を契約したい心性から来ている。

 私の卒業した上智大学は、入試に二次試験まであった。二次は面接がある。アルバイトで受験生を面接会場に案内するアルバイトをやった、性格の悪い後輩が、「そこ廊下すべりますから、気を付けてください」と注意する実験を行ってみると、真面目な女子学生が「やめてください!」と絶叫したそうである。

 「俗信」などと馬鹿にしてはいけない。人間うまくいかない時には、お祓いをし、おみくじを引き、占いを読んだりする。言葉に「霊魂」が伴うなどバカバカしいと断じてみても、この後輩の行為を真似したら、確実にハラスメントとして訴えられるだろう。「言霊」は確かに意識上存在する。

 「言霊」は、今の言語学ではイメージ、すなわち言葉に伴う「感情」として説明されるものだ。小学校時代、「香」という名前の女の子が、ウンコをおもらしして「匂」とあだ名されていじめにあっていたが、同じ意味だからいいだろうということにはならない。

言葉は、区別するための信号・記号として、合理的機能だけを付与された存在ではない。呪いの言葉、祈りの言葉は確かにある。短歌も俳句も、「祈り」の要素を省いたら、かなりの詩性を失うことだろう。役者から「憑依」を取り除けるわけもないではないか?

 季語に初物の「心性」があるのも、広い意味での「俗信」なのであって、「新茶」が夏に置かれる理由は、「言霊」から来ているのだ。

   若葉して命めでたき新茶かな  中 勘助

抹茶の「旬」

 ただし、抹茶においては、「新」は価値と直結しない。抹茶本来の風味や香りを出すためには、収穫後に碾茶の状態(石臼で碾きあげる前の原葉)で熟成保存する必要があるからだ。従って、正式な抹茶の旬は十一月からとなる。「蔵出し茶」「封切り茶」「熟成茶」などとも呼ばれ、毎年秋から店頭に並ぶ。ただし、近年は熟成前の抹茶を販売するお店もあるようで、初々しい香りで飲み口がさっぱりしているため、抹茶初心者の方にも飲みやすいのだ。本格的な抹茶を楽しみたい向きは秋や冬に、苦みのない抹茶を試してみたい人は春に抹茶を探してみればよい。

  橙や茶碾祀りてその上に   岡井省二

  移り香のして宵寒の抹茶飴  佐藤鬼房

 熟成という観点からすれば、これは現代の「新酒」の位置に似ている。かつて清酒の冷蔵保存しない生ものだったので、秋が「新酒」ということでよかった。しかし、今は違う。夏に冷蔵し熟成させる「冷おろし」が「新酒」の実態であることを「通」はご存じのことだろう。

  新酒上りて燈明あかし庫の奥  野村泊月

  モーツァルト聞かせしといふ新酒出来 後藤比奈夫

 茶道では、11月になると「口切りの茶事」という茶会が行われる。これは、5月に摘んだ新茶が詰められた茶壷の封を切って臼を碾き、その年初の濃茶を点てる行事のことを言う。炉壇や畳、障子なども改め、新茶を口にする喜びを分かち合うため、茶人にとってのお正月とも言われている。冬こそ抹茶の「旬」なのである。

  口切や南天の実の赤き頃  夏目漱石

  口切や織部らしきを大切に 草間時彦

 炉開きも、炉を開いて火を入れ、口切をいただくことを言う。炉開きは亥の月、亥の子の日に行われる。これは、水の気を持つ亥の子の日に火を入れると、火事にならないとされているからである。ちなみに亥の子の日は毎年変わり、2023年は 11月1日がその日に当たる。おめでたい行事なので、正式な着物が奨励される。例えば、紋付の色無地に、華やかな帯などのご婦人を見かけて、今日はその日と知れることもある。

  炉を開く二番亥の子の暖き  高浜虚子

  炉開けば遥かに春意あるに似たり  松本たかし



【執筆者プロフィール】
井上泰至(いのうえ・やすし)
1961年、京都市生まれ。上智大学文学部国文学科卒業。同大学院文学研究科博士後期課程単位取得満期退学。博士(文学)。現在、防衛大学校教授。著書に『子規の内なる江戸 俳句革新というドラマ』(角川学芸出版、2011年)『近代俳句の誕生ーー子規から虚子へ』(日本伝統俳句協会、2015年)『俳句のルール』(編著、笠間書院、2017年)『正岡子規ーー俳句あり則ち日本文学あり』(ミネルヴァ書房、2020年)『俳句がよくわかる文法講座: 詠む・読むためのヒント』(共著、文学通信、2022年)『山本健吉ーー芸術の発達は不断の個性の消滅』(ミネルヴァ書房、2022年)など。


【井上泰至「茶道と俳句」バックナンバー】

第1回 茶道の「月並」、俳句の「月並」
第2回 お茶と水菓子―「わび」の実際
第3回 「水無月」というお菓子―暦、行事、季語
第4回 茶掛け―どうして芸術に宗教が割り込んでくるのか?
第5回 茶花の心
第6回 茶杓の「天地」―茶器の「銘」と季語
第7回 集まる芸の「心」と「かたち」
第8回 人の「格」をあぶりだす夏服

井上泰至「漢字という親を棄てられない私たち」バックナンバー

第1回  俳句と〈漢文脈〉
第2回  句会は漢詩から生まれた①
第3回  男なのに、なぜ「虚子」「秋櫻子」「誓子」?
第4回  句会は漢詩から生まれた②
第5回  漢語の気分
第6回  平仮名を音の意味にした犯人


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