
左義長や裏の林の闇深し
田中利絵
左義長は、新年の飾りを焚き上げ、無病息災を祈る行事です。火が上がり、人が集い、冬の夜は一時、明るさと賑わいに包まれます。正月の締めくくりとして、どこか晴れやかな気配を帯びた行事でもあります。
しかし、この句が見つめているのは、左義長そのものではありません。
作者の視線は、そのすぐ「裏」にある林へと向けられています。行事の火が燃えていても、林の奥は照らされることなく、変わらず深い闇をたたえています。
左義長の火は、人の願いや祈りを象徴する光である一方、裏の林の闇は、そうした光の届かない場所です。祈りを否定するでもなく、行事を皮肉るでもありません。ただ、人の営みがどれほど賑やかであっても、世界のすべてが照らされるわけではない、という事実が静かに置かれています。
正月が終わり、日常へと戻っていくその境目に、そこに在り続ける闇。
その深さに気づいたとき、かえって人の営みの儚さや、世界の奥行きが、しんとした感触を伴って立ち上がってくるのかもしれません。
(菅谷糸)
【執筆者プロフィール】
菅谷 糸(すがや・いと)
1977年生まれ。東京都在住。「ホトトギス」所属。日本伝統俳句協会会員。

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