趣味と写真と、ときどき俳句と
【#02】猫を撮り始めたことについて
青木亮人(愛媛大学准教授)
いつしか猫を撮るようになった。
デジタルやフィルムのカメラに少し凝っていた頃、ふと公園のノラ猫を撮ると、写真の猫の表情が思ったより愛らしいことに驚いた。猫は前から好きだったが、その時以来、意識的に猫を撮るようになった。
猫を撮り始めたのは、街のスナップや風景写等を諦めたという経緯も大きい。自分の写真があまりにヘタで身体に幾度も衝撃が走り、早々に気が削がれたのだ。
そもそも、往事のアンリ・カルティエ=ブレッソンや木村伊兵衛のように街の人々の一瞬を切り取るのは至難の業で、それにプライバシーその他の問題で街や人物のスナップは難易度が高い。
風景写真も同様で、例えば冬の凍てつく滝や棚田の夕焼けを撮ろうと重い三脚や一眼レフを抱えて自然に挑む根性があるわけでもなかった。仮に真っ黒に日焼けして首回りが太くなり、野外カメラマン化してしまうと文学研究や執筆の本業を失念してしまいそうで、次第にカメラ沼に浸かるのが怖くなったのもある。
その点、ノラ猫の撮影は気楽で、たぶん肖像権や訴訟もなく、ノミその他に注意すれば被写体として最良の生命体だ。人間の安逸な趣味の相手――猫からすると煙たいだけかもしれないが――として素敵な存在だった。
それにノラ猫たちを観察すると一匹ずつ個性があり、性格や佇まいがあることが分かる。猫もそれぞれが生を抱えていることに気付いたのだ。
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冒頭の画像は、公園にいついた猫をJupiter(ユピテル)というソビエト製レンズで撮ったものだ。戦前ドイツの名門、カール・ツァイスのゾナーレンズのコピーとされ、オールドレンズファンの間でも人気が高い。
ソビエトは第二次世界大戦時にドイツを占領した際、一説ではカール・ツァイスの工場や技術者を丸ごと自国に持ち帰り、ソビエト製レンズとしてツァイスのコピー品を造らせたと伝えられている。
私がよく使うのはJupiterの85mmレンズで、淡い色彩の風情が気に入っている。1958年製であり、カール・ツァイスの技術が脈々と息づいた頃の逸品に違いない…と思いこむようにしている。
その公園の猫は、春の昼下がりの陽ざしを浴びてうっとりしていた。
冬の余寒も過ぎ去り、春爛漫の気配が陽光とともに猫の周りを満たす中、とても安らかな表情をしていたのを覚えている。
【次回は1月30日配信予定です】
【執筆者プロフィール】
青木亮人(あおき・まこと)
昭和49年、北海道生れ。近現代俳句研究、愛媛大学准教授。著書に『近代俳句の諸相』『さくっと近代俳句入門』など。
【「趣味と写真と、ときどき俳句と」バックナンバー】
>>[#1] 「木綿のハンカチーフ」を大学授業で扱った時のこと
【セクト・ポクリット管理人より読者のみなさまへ】