【第2回】
俳句の余白、文化の手ざわり
後藤麻衣子
俳句を、その“姿”(文字やデザインなど)から味わう新連載「ハイクノスガタ」。
書体デザイナーの木内縉太さん、造本作家の佐藤りえさん、そして私後藤麻衣子の三人が交替でお届けする連載の第二回です。
今回は自己紹介を兼ねて、私が運営している〈句具〉のこと、〈句具〉をデザインする際に考えていることなどを、つらつらとお話してみたいと思います。
〈句具〉は、俳句に特化した文具ブランドです。
「俳句スターターキット」や、俳句を書くのにぴったりな2種類の縦書きノート、季語のポストカード、二十四節気のカレンダー、ギフトセットなどをつくっています。
アイテムの販売だけでなく、無料で参加できるWeb句会「句具句会」、皆さんから一句ずつ集めてつくる俳句アンソロジー「句具ネプリ」を、それぞれ年4回開催しています。
“一人一句”の俳句作品の編集・デザインを考える
“句具の俳句アンソロジー”として発行している「句具ネプリ」は、その名の通りネットプリントで入手できる俳句集。発行は年4回で、春分、夏至、秋分、冬至に、それぞれの季節の俳句を一人一句ずつ集めてまとめています。
(昨年から、元日発行の「新年特別号」も仲間入りしました。2025年も元日に出ますのでぜひ!)
最近は毎回、200人前後の俳句愛好者さんが投句してくださっています。コンビニプリントで手に入るほか、句具のオンラインストアからはいつでも最新号が無料ダウンロードができます。
出力はA4サイズですが、半分に折ってホチキスで綴じるとA5サイズの冊子になります。
句具ネプリは、1ページに7句×2段組み、14句を掲載するデザインです。
俳句作品の誌面デザインは、俳句雑誌や結社誌によって個性があります。
俳句は、読者の年齢層が比較的高いこともあり、特に広い層を意識している俳句総合誌などは文字サイズが大きめで、太く大きな明朝体でどっしりと俳句連作を紹介しているデザインが印象的です。
一人が複数の俳句を編む「連作」の場合は、俳句と俳句のあいだにスペースはそんなにいらないと思っていますが、句具ネプリは「一人一句」のデザイン。
そのため、作品と作品のあいだに程よいスペースを取って掲載するように意識しています。
句具ネプリは二段組みで、一段あたり7句というレイアウトです。
もっと詰めてぎゅっとデザインすれば、1ページにたくさん載るのですが、そうすると隣の俳句との距離感が取れず、連作の雰囲気に近くなってしまい、“一句ずつ”作品を読んでいく印象が薄れてしまうためです。
欲を言えばもっとゆったり掲載したいところですが、あまりに贅沢な紙面構成だと枚数がかさんでプリント料金が高くなるばかりなので、200句前後をまとめることを考えてこのバランスになりました。
句具ネプリはさまざまな年齢の方が投句・鑑賞してくださっているため、「もっと文字が大きかったらいいな」というお声をいただかないこともないのですが、句具ネプリの場合においては、「文字サイズの大きさ」よりも「一句ずつの、作品としての独立感」を優先しています。
もうひとつ、ネプリ(コンビニでできるネットプリント)にこだわっているのは、やはり「紙」として手にしてほしいという思いから。
データでの配布など、便利な方法はいくらでもありますが、やはり紙に印刷された作品を読むのは違った良さがあるなあと、いろいろな俳句ネプリを手にするたびに思っています。
俳句文化に似合う、デザインの模索
俳句は、ほかの詩歌と比べると愛好者の平均年齢が高めの文化です。
そのため、メディアなどで取り上げられる際にも、日本の伝統柄でのデザインや、例えばお正月にお店で流れているような音楽での演出など、いわゆる“日本らしい”、和風な雰囲気になることが多い印象です。
ただ、実際に俳句を趣味としていると、メディアでよくみかけるそうした表現や、「着物姿の人が短冊と筆を持っている」イラストに、私は少し違和感をおぼえます。
それが俳句のパブリックイメージであることは意識していますし、そうした効果のおかげでわかりやすく世界観を表現できているのは確かです。手法として一つの正解なのでそれを否定するわけではないのですが、〈句具〉としては、その路線ではない道を模索しています。
具体的には、和風要素に寄りすぎることなく、それでいてどこか懐かしさや親しみ、現代の日本らしさを思わせる、いわば“日本の心に触れる”、その心地のようなものを感じるプロダクト。
まだまだ模索中ですし、正解のない世界ですが、そんな存在を目指しています。
紙選びについても、和紙以外の選択肢はたくさんあります。
たとえば、句具の「選句ノート」。表紙を開いたところの鮮やかな青色の紙(「見返し」といいます)に、「キュリアス マター」という紙を使用しています。
この「キュリアスマター」は、ざらざらとした硬質な手触りが特徴の紙。フライドポテトやポテトチップスといった食品の加工工程で排出されるじゃがいものデンプン成分を利用して、紙の表面をコーティングすることで独特な質感をもたせているそうです。
(余談ですが実はこの紙、比較的高価で、製本所さんに依頼する際にも「本当に見返しに、この紙使うんですか?結構高いですよ?」と驚かれました。笑)
句具の選句ノートは、布貼りの表紙が印象的な、ハードカバーの背開き上製本ノートです。
毎日の作句にガシガシ使うというよりも、大切な作品を日々書き溜めていき、のちに句集のように読み返せるようにした「本のように読み返せる」ノート。
見返しに使った「キュリアス マター」の、指に引っかかるようなざらざらとした質感に、私は日本家屋の土壁や土間を思い起こすようなイメージを持ちました。
表紙をひらいてすぐ、この紙に触れるその手触りが「俳句の世界の入り口」にふさわしいと考え、あえてこれを選んだ経緯があります。
人々が「俳句」と聞いて最初に思い浮かべるイメージが、“和風”であることに異論はありません。
前述した通り、俳句の持つ文化的イメージを広く一般の人々に伝える際、「和風にデザインする」ことは、効率的で効果的な手法のひとつとして存在しています。
ただ、「和風にする方法だけが唯一の正解ではない」と、私は思います。
俳句は、老若男女が誰でもカジュアルに楽しめる、とても気軽でアクティブな趣味です。
〈句具〉としてはデザインによって俳句の敷居を高くするのではなく、もっと間口を広げたい。だからといって、ただ敷居を低くさえすればいいわけでもないですし、「なんとなく今っぽくデザインすればOK」というのも少し違うと思っています。
これまで受け継がれてきた俳句文化に敬意を払いながら、その文化を“刷新”してしまうのではなく“拡張”するようなイメージで、さまざまなアイテムや媒体をデザインしていきたいと、常々思っています。
俳句愛好者さんにとって心地よく、また俳句に初めて触れる人にも手に取りやすく。
モノとして存在するその手触りや佇まいから、日本の伝統文化をどこかに感じられるものでありたい、と、そんな風に考えています。
(後藤麻衣子)
【執筆者プロフィール】
後藤麻衣子(ごとう・まいこ)
2020年より「蒼海俳句会」に所属。現代俳句協会会員。「全国俳誌協会 第4回新人賞 特別賞」受賞。俳句と文具が好きすぎて、俳句のための文具ブランド「句具」を2020年に立ち上げる。文具の企画・販売のほか、句具として俳句アンソロジー「句具ネプリ」の発行、誰でも参加できるWeb句会「句具句会」の開催、ワークショップの講師としても活動。三菱鉛筆オンラインレッスン「Lakit」クリエイター。
2024年より俳句作品を日本語カリグラフィーで描く「俳句カリグラフィー」を、《編む》名義でスタートし、haiku&calligraphy ZINE『編む vol.1』を発行。俳句ネプリ「メグルク」メンバー。
デザイン会社「株式会社COMULA」コピーライター、編集者。1983年、岐阜生まれ。
note https://note.com/goma121/
X @goma121
Instagram @goma121 @amu_maiko
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*〈句具〉のアイテムの紙選びについては、紙の専門商社である「株式会社竹尾」さんに取材していただいたこちらの記事に詳しく掲載されていますのでぜひ。
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