氷に上る魚木に登る童かな
鷹羽狩行
「氷に上る魚」は「魚氷に上る」のことで、七十二候の一つである初春の季語。七十二候とは、二十四節気をさらに約五日ずつに区切り、それぞれの節気を三つに分けたもの。
ちょうど二月十四日から十八日までの五日間に当たる。
春のあたたかな日に湖に張った氷が割れて魚が氷の上に踊り出る、そんな陽気の頃を表わしている。
二十四節気七十二候は古代中国で考えられた季節を表わす言葉で、二十四節気(立春、啓蟄、立夏などと呼ぶ方)は古代中国で用いられていた名称がそのまま現在でも使われているが、七十二候の方は日本に伝わってから日本の風土に合う表現へと改訂され現在にいたっているそうだ。
ただ、歳時記で季語として使われているものはすべて古代中国の名称のもの。
「魚氷に上る」は日本版も古代中国版も同じ名称だが、例えば啓蟄の第三候(啓蟄を三つに分けた三番目の期間)にあたる「鷹化して鳩となる」は、日本版では「青虫が羽化して紋白蝶となる」という風になっているし、雨水の第一候の「獺魚を祭る」も「雨が降って土が湿り気を含む」という意味のものに変っていて、日本の方がより現実的だ。
古代中国の方が遊び心があって、断然面白い。
さて、掲句。その七十二候を用いた句だが、「のぼる」を介して魚と子供を氷と木に対比させた表現が巧み。ただ、ややもすると言葉遊びのみに陥るきらいがあるが、そこをうまく避けているのは、季節感をきちんと捉えた情景の描写がなされているからだろう。
春の陽気に誘われて、木登りをしている子どもたちの姿が一句からはちゃんと見えてくる。
(日下野由季)
【執筆者プロフィール】
日下野由季(ひがの・ゆき)
1977年東京生まれ。「海」編集長。第17回山本健吉評論賞、第42回俳人協会新人賞(第二句集『馥郁』)受賞。著書に句集『祈りの天』、『4週間でつくるはじめてのやさしい俳句練習帖』(監修)、『春夏秋冬を楽しむ俳句歳時記』(監修)。
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