嘘も厭さよならも厭ひぐらしも 坊城俊樹【季語=ひぐらし(秋)】

 女の美を追求する視点は、景の描写へも反映された。官能的にも見える描写は、無意識の本能であり、景に色気を持たせる技法となった。

  薬指しなふ菩薩に夏来たる

  あめんぼう上目遣ひでありにけり

  蝉の穴ゆつくり濡れてをりにけり

  千尺の帯解いてゐる秋の雲

  蔦の想ひ蔦の想ひに絡まりぬ

  牡蠣啜るするりと舌を嘗めにくる

  雪しまきなほ裏声を秘めてをり

  あさきゆめみし裸婦像や春あした

  黄鳥をあえかな朝に啼かせをり

  朧夜を葡萄の色に酔ひにけり

 令和2年に出版された第五句集『壱』の後書きには、「『壱』とはいい名前だと思う。『壱』こそが自然数の最初の数。無から有への出発という感覚。宇宙創成のビッグバンである。」と記す。ファンタスティックな句も魅力である。

  狼の夢の中にも星流れ

  読初の夜は彗星を栞とし

  寒鯉の深く睡りて薔薇色に

  蘖にある縄文の記憶かな

  蛇穴を出で永遠の真昼へと

  能舞台これより花を舞はせたり

  蕉翁の蛙も亀も鳴いてをり

 近作では、より自由であでやかな句を詠まれている。

  クロワッサン風に薫りて恋をして

  七変化夢で化けては美しき

  恋の夢目覚め儚き残暑光

  彷徨へる蝶秋蝶と出逢ひたる

  可愛くて少し淫らに秋の蝶

 私の好みの句ばかり紹介した。実際には、俳句作家として現実を見つめ、災害、戦争、不況の句も多く詠まれている。言葉と向き合い、闘いつつ、世に問いかけるような句を詠み続けている。また、虚構や抽象的な句の根底には花鳥風詠があり、写生を極めたすえに、浮かび上がった世界を写しているのだ。

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