新婚のすべて未知数メロン切る
品川鈴子
結婚と恋愛は別物というが、中学生の頃『金色夜叉』を読んで、衝撃を受けた。女主人公の鴫沢宮は、住み込み書生である許嫁の間貫一を振って資産家の富山唯継と結婚する。少女であった私は、お宮の選択は間違っていないと思った。秀才ではあるがまだ一介の書生に過ぎない貫一よりも経済的に余裕のある唯継と結婚するのは、当然であろう。ところが、高校生になって『人間失格』を読み、破滅的な男性に憧れることとなる。太宰治の小説に出会わなければ、私は今頃、セレブだったに違いない。谷崎潤一郎の『痴人の愛』のナオミにも憧れた。文学少女の妄想街道を走り続けたのは大いなる間違いで、気が付けば婚期を逃していた。文学を好きにならなければ良かったと後悔したのは、三十路の頃。すでに俳句を始めていた。修正不可能であった。
三十歳を過ぎて婚活を始めたが、その時はもう普通の女ではなかった。全身で俳句を詠んでいたように全力で恋もした。一般企業に勤める男性からしたら、ヤバイ女であったのだろう。
紆余曲折のすえに夫と出逢ったが、夫も文学オタクの相当ヤバイ人で居酒屋にて文学議論をしていると、隣の席の若者が帰ってしまうほどであった。
初デートより二週間後に結婚の意思を確認し合った。文学の話もできて、一緒に吟行もしてくれて、人間関係の辛さを打ち明けても的確に助言してくれる夫は、私にとって理想的な男性であった。
交際より一年後、実際に一緒に暮らしてみると、食べ物の好き嫌いは多いし、愚痴は長いし…。更にその一年半後には、北海道の夫の両親を引き取って在宅で介護することにはなるし…。一方で、交際している時には言えなかった、下痢やアレルギーの悩みも相談できるようになった。
そういえば、私の友人は、お見合い結婚だった。結婚式までに相手の方と逢った回数は3回。それでも子供を儲け、上手い具合に結婚生活を送っているのだから、男女の出逢いとは、分からないものである。
新婚のすべて未知数メロン切る 品川鈴子
私の出身地の茨城県のメロンといえば、真桑瓜であった。プリンスメロンの栽培も盛んであったが、私は真桑瓜が好きだった。真桑瓜のほのかな甘みと芳醇な香り、歯ごたえのある食感は清々しい。だが、北海道出身の夫の知っているメロンは夕張メロン。あの肉厚で柔らかく重厚な甘みからしてみたら、真桑瓜もプリンスメロンも、白瓜と変わらないのだった。子供の頃の嬉しいおやつであった真桑瓜をけなされると私も苛ついてしまう。さらにその後、私の従姉妹より、茨城県鉾田市の名産であるクインシーメロンが送られてきた。夕張メロンのような赤い果肉ととろけるような甘み。茨城県のメロンは、こんなにも進化したのかと感動した。ところが夫に言わせれば、「まだまだ瓜だ」とのこと。
確かに夕張メロンは、炭鉱が廃れ始めた夕張市が品種改良を重ね続け、財政破綻後には、2玉入1箱が100万円を超える高値で落札される超高級メロンとなる。2019年には、500万円の高値で落札された。炭鉱を失った夕張市を支え続けている夕張メロンの重みに比べれば、鉾田市のクインシーメロンは、たいしたことないのかもしれない。ちなみに、鉾田市のクインシーメロンは、今やお中元などの贈答品のメロンとして高い人気を誇る。
メロンで夫婦喧嘩とは、犬も喰わない話であるが、未知数の結婚生活は、これからも続くのである。
『水中花』(ウエップ俳句新書、2003)
(篠崎央子)
【執筆者プロフィール】
篠崎央子(しのざき・ひさこ)
1975年茨城県生まれ。2002年「未来図」入会。2005年朝日俳句新人賞奨励賞受賞。2006年未来図新人賞受賞。2007年「未来図」同人。2018年未来図賞受賞。2021年星野立子新人賞受賞。俳人協会会員。『火の貌』(ふらんす堂、2020年)により第44回俳人協会新人賞。「磁石」同人。
【篠崎央子のバックナンバー】
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