六代目菊五郎を詠んだ句
・初代中村吉右衛門の句
六代目菊五郎と「菊吉時代」を築いた初代中村吉右衛門(1886〜1954)は、六代目菊五郎を詠んだ句を残している。
参内の戻りの道の花はまだ 吉右衛門
前書:二十四年七月、四十年振りの北海道巡業に向ふ。出發の前日六代目菊五郎の急逝に遭ひ、東北線の車中にても彼を思ひ淋しさ限りなし。
相共に流し合ひたる汗思ふ 同
汗の顔見合せたるも君と我 同
前書:菊五郎の死を悼みて
・久保田万太郎の句
菊五郎一座の銀座復興で脚色演出を手がけた久保田万太郎も、六代目菊五郎を詠んだ句を残している。
夏じほの音たかく訃のいたりけり 万太郎
前書:六世尾上菊五郎の訃、到る。……七月十日のことなり……
かなしさは百合の大きく咲けるさへ 同
咲き反りし百合の嘆きとなりにけり 同
前書:……をりから、わが家の庭に、百合、ふたもと三もと咲く。(二句)
またとでぬ役者なりとよ夏の月 同
前書:この人のまへにこの人なく、この人のあとにこの人なかるべし、と。
マスクもるゝ心の吐息きかむすべ 同
前書:亡き尾上菊五郎のことをしるしたるあとに
さて、先月の歌舞伎座の2階ロビーには、平櫛田中作の木彫作品である六代目尾上菊五郎「鏡獅子」が飾られていた。平櫛田中の代表作である「鏡獅子」の小型版である。大型版は、国立劇場の正面ロビーに飾られていた高さ2.32メートルもある巨大な木彫作品で、こちらも六代目菊五郎をモデルとしている。現在は国立劇場が休館中のため、岡山県井原市の平櫛田中美術館に常設展示されている。小型版にも、獅子の精の神々しさがあり、目や口元、指先まで力が宿っていた。
その六代目の鏡獅子に憧れ、歌舞伎座で夢を叶えた二代目尾上右近の『春興鏡獅子』。観客もその想いを知って観ている人が多く、舞台上の踊りも客席の拍手も熱気が渦巻いていた。その高まる想いは型からはみ出ることなくきっちりと美しい踊りに昇華され、品格と神々しさのある獅子の精の毛振りは、“歌舞伎の精”とも言える右近の純粋な歌舞伎への情熱が気として発せられ具現化しているようだった。観終わった後、しばらく放心して席を立つことができなかった。素晴らしい舞台だった。
<参考文献>
『六代目菊五郎傳』(1937年、濱村米藏編著、新陽社)
『市川團十郎の代々』(1917年、市川宗家)
『中村吉右衛門定本句集』(1955年、中村吉右衛門著、便利堂)
『演劇界』2021年3月号(演劇出版社)
(小谷由果)
【執筆者プロフィール】
小谷由果(こたに・ゆか)
1981年埼玉県生まれ。2018年第九回北斗賞準賞、2022年第六回円錐新鋭作品賞白桃賞受賞、同年第三回蒼海賞受賞。「蒼海」所属、俳人協会会員。歌舞伎句会を随時開催。
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