空にカッターを当てて さよならエモーショナル
山口一郎(サカナクション)
掲出句は、「ユリイカ」(2011年10月号・特集「現代俳句の新しい波」)に、サカナクションの山口一郎氏が寄せた連作の中の一句である。
正直なところ、これら連作の句々に対しては、俳句というよりも歌詞のフラグメントという感が拭えない。しかし、ジャンルの境界を問い直すという点において、巧まざる批判性が生まれているともいえるであろう。
作者における歌詞と俳句の境界のありようが窺える好個の例として、掲出の一句をみてゆきたい。というのも、山口氏が作詞作曲を手がけた「さよならはエモーション」という楽曲は、そのタイトルの通り、掲出句と極めて同質であるように思えるからである。
歌詞の「さよならはエモーション」と掲出句の「さよならエモーショナル」における微妙な措辞の差異を点検してみるとき、助詞「は」の有無と、「エモーション/エモーショナル」の使い分けの二つが見て取れる。ここでは、とりわけて助詞「は」の効果について目を注いでみたい。歌詞において助詞の「は」は、「さよなら」ということばを限定しつつ「エモーション」に接続させる働きをしている。対して掲出句は、単語どうしの繋がりを明確には定めないことで「さよなら」と「エモーショナル」が併置的な関係性を崩しきらない状態で宙に投げ出されているといえる。「エモーション/エモーショナル」の差は、この助詞「は」による係り具合の結果に過ぎないと想像する。
歌詞のことばが、連関しあい縛りあわさることで一体性を確かめるとき、俳句のことばはこれを突き崩す。掲出句の一字アキにも明らかなように、ことばどうしが接続することを拒んでいる。この分散性から、多義性多層性への志向を嗅ぎ取ってみたくもなるのである。
連作中には〈脱ぎ捨てた服のたわみも 昨日のまま〉という句がある。一字アキによる分散性はもちろんのこと、この空隙によって強調された直前の「も」は、もとより暗示的な助詞である。イメージが折り重なっているという点においても多層的であるといえる。
つまり、俳句の短さを補うためにこれらの操作を駆使して、読み方に幅というか余白を用意しているように思うのである。
ふだん歌詞の世界を足場とする作者が、俳句という詩型を意識するとき、短さに対するこなし方として歌詞のことばに分散的操作を施したことには興趣をそそられる。
しかし、それでも歌詞らしさは逃れがたく貼り付いているわけで、一般的な俳句の立ち姿からは距離があるような印象を受ける。ただ、この俳句らしくない俳句の中にこそ新しい俳句は胚胎しているのかもしれず、というよりはむしろ、新しい俳句は俳句以外のことばのフラグメントから萌芽してくるものかもしれない。
(木内縉太)
【執筆者プロフィール】
木内縉太(きのうち・しんた)
1994年徳島生。第8回澤特別作品賞準賞受賞、第22回澤新人賞受賞、第6回俳人協会新鋭俳句賞準賞。澤俳句会同人、リブラ同人、俳人協会会員。
2020年10月からスタートした「ハイクノミカタ」。【シーズン1】は、月曜=日下野由季→篠崎央子(2021年7月〜)、火曜=鈴木牛後、水曜=月野ぽぽな、木曜=橋本直、金曜=阪西敦子、土曜=太田うさぎ、日曜=小津夜景さんという布陣で毎日、お届けしてきた記録がこちらです↓
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