宿よりは遠くはゆかず夜の秋
高橋すゝむ
セクト・ポクリットの管理人が、1996年のウィンターカップ、能代工業VS福島工業の試合動画を教えてくれた(ありがとう!)。この動画の能代工業は、現在、Bリーグ、宇都宮ブレックスの田臥勇太が高校1年生の時のもの。能代工業が、高校3大タイトル(インターハイ、国体、ウィンターカップ)を3年連続で制覇して、9冠達成するのもこの年からだ。スラムダンクに登場する山王工業のモデルは、能代工業と言われている。
インターハイ、2回戦の相手は、秋田県代表、山王工業高校。前年度までのインターハイで三連覇を達成し、高校バスケの頂点に君臨する。オールコートゾーンプレスを試合終盤でも行える体力と走力を備えた日本一走れるチームだ。対戦を明日に控え、山王工業は大学バスケで活躍中の山王工業OBを集めて練習試合をし、準備に余念がない。一方、湘北も昨年の山王VS海南大付属の試合ビデオを見て対策を練る。山王の圧倒的な強さを目の当たりにした宮城は、「先生……」「ちょっと夜風にあたってきます」と言って、外に出て行く(新装再編版16巻35ページ)。
宿よりは遠くはゆかず夜の秋
「夜の秋」とは夏の季題で、夏の終わりのころ、夜にどことなく秋めいた感じを覚えるようになることをいう。この句は「遠くはゆかず」の「は」が少し分かりにくい。外に出て、宿から遠くない場所、あるいは宿の庭などにいるということか。または、どこからか来て宿より奥には進まなかったということなのか。どちらにしても、宿の近くにいるのだろう。そして、この句は、それ以外のことについて、なにも書かれていない。ただ、「夜の秋」という季題は、やわらかな風と、月の気配が美しく、昼間のじりじりした暑さとは対照的で内省的だ。
作者は1902年、1月1日生まれの高橋すゝむ。宝生流、シテ方の能楽師であり、虚子に師事した。奇しくも流川楓と同じ誕生日ということが嬉しい。室町時代に能を完成させた世阿弥は、その著書の中で、「幽玄」を能の最高の美として位置づけた。幽玄とは、優雅で、品のある風姿や風情のことだという。「感じ」ということなのであれば、夜の秋もまた幽玄だ。
対山王戦の前夜、豊玉の南が宿に流川を訊ねる。南の肘打ちで負傷した流川に軟膏を渡すためだ。同じ夜、宮城は、マッチアップする山王工業の深津を思って、思わず彩子に弱音を吐く。「なんで オレの相手はすごいのばっかなんだ……」。その頃、赤木、木暮、三井の3人は湘北バスケ部に入部した頃を思い出していた。「今まで残ったのは あの時本気で 全国制覇を信じた奴だけだぜ」。空には月が輝いている(新装再編版16巻53~63ページ)。
(岸田祐子)
【執筆者プロフィール】
岸田祐子(きしだ・ゆうこ)
「ホトトギス」同人。第20回日本伝統俳句協会新人賞受賞。
【岸田祐子のバックナンバー】
〔1〕今日何も彼もなにもかも春らしく 稲畑汀子
〔2〕自転車がひいてよぎりし春日影 波多野爽波
〔3〕朝寝して居り電話又鳴つてをり 星野立子
〔4〕ゆく春や心に秘めて育つもの 松尾いはほ
〔5〕生きてゐて互いに笑ふ涼しさよ 橋爪巨籟
〔6〕みじかくて耳にはさみて洗ひ髪 下田實花
〔7〕彼のことを聞いてみたくて目を薔薇に 今井千鶴子
〔8〕やす扇ばり/\開きあふぎけり 高濱虚子
〔9〕人生の今を華とし風薫る 深見けん二
〔10〕白衣より夕顔の花なほ白し 小松月尚
〔11〕滅却をする心頭のあり涼し 後藤比奈夫
〔12〕暑き日のたゞ五分間十分間 高野素十
〔13〕夏めくや海へ向く窓うち開き 成瀬正俊
〔14〕明日のなきかに短夜を使ひけり 田畑美穂女
〔15〕ゆかた着のとけたる帯を持ちしまま 飯田蛇笏
◆映画版も大ヒットしたバスケットボール漫画の金字塔『SLAM DUNK』。連載当時に発売された通常版(全31巻)のほか、2001年3月から順次発売された「完全版」(全24巻)、2018年に発売された「新装再編版」(全20巻)があります。管理人の推しは、神宗一郎。