生きてゐて互いに笑ふ涼しさよ
橋爪巨籟
注文していたランニングシューズ、NIKEインフィニティラン4が届いたので嬉しくなって走りに行った。若い頃、運動が大嫌いだったけど、スラムダンクに出会って、ジョギングを始めて、バスケも始めた。我ながらびっくりしている。
私とスラムダンクの出会いは、ごく最近で2022年に公開された「THE FIRST SLAM DUNK(ザ・ファーストスラムダンク)」でのことだった。年齢的には、1990年から1996年の漫画の連載をリアルタイムで読める世代なのだけど、漫画もアニメにも触れたことがなかった。同じ作者の「バカボンド」は読んでいたので、本当にたまたまなのだけど、よく、あんな大ヒット作品に触れることなく過ごしてこられていたな思う。
宮城リョータ(みやぎ・りょーた)は湘北高校バスケ部の2年生、長らく怪我で入院していたが、回復しインターハイ県予選に退院が間に合った。一方、三井寿(みつい・ひさし)は同じ湘北高校バスケ部の3年生。1年生の時の左膝の負傷をきっかけに挫折し、バスケから離れてしまった。以降、不良と化し不良仲間とつるみ、自暴自棄な生活を送っていたが、期待の新人としてバスケ部に入ったリョータに嫉妬心を持ち、それが大きな諍いへと繋がる。リョータの入院は三井と喧嘩したときの怪我が原因で、三井も前歯を数本折る重傷を負い入院となった。
漫画ではリョータの生い立ちに全く触れられていないが、映画で、リョータが沖縄出身であること、父と兄を続けて亡くし中学生の時に神奈川県に引っ越してきたことが明かされる。また、新しい生活になじめず、公園でひとりバスケの練習をしているリョータに声をかけた上級生が、当時中学二年の三井寿だった。そんな、当人同士も忘れているつながりがある二人が、互いに退院して、インターハイ県予選直前に再会する。
生きてゐて互いに笑ふ涼しさよ
この句の「生きてゐて互いに」に、射抜かれてしまった。作者は、1887年生まれの橋爪巨籟。前回に引き続き、作者が明治生まれというところにも胸が熱くなる。
俳句では「涼し」は夏の季題。手元の「ホトトギス季寄せ」には〈暑い夏であるからこそ涼しさを感じることもまたひとしおである〉とある。私は、この季題に「涼しい目」とか「涼しい顔」のように心情的な涼しさも含まれると考える。この句の涼しさも、そうだと思う。
再会の時、三井の不良仲間、堀田に声をかけられたリョータは、鼻で笑って返し、三井は「元気そーじゃねーか宮城 これで安心だ」「安心して殴れるな」と前歯が欠けたままの顔で笑った(新装再編版5巻36〜41ページ)。
この句は「笑ふ」の後に「涼しさよ」と続く。この「笑ふ」は殴りたい相手に向けるものではなく、気を許した相手に向けたものだろう。日本の夏の行き場のない蒸し暑さの中で、涼しさは、救いであり、癒しでもある。
漫画に描かれているその再会と、映画で明かされた心の傷が、この句をふたりにつなげていく。そして、その後二人は和解し、湘北バスケ部のチームメイトとしてインターハイを目指すこととなる。
実際には、この句そのものという場面は、映画にも漫画にも具体的には描かれていない。けれど、どこかできっと、互いが生きていることを喜び合い、涼しく笑うのだろう。できれば、二人には卒業した後もバスケを続けてもらいたい。そして、プロ選手としての再会がその時であってほしい。
(岸田祐子)
【執筆者プロフィール】
岸田祐子(きしだ・ゆうこ)
「ホトトギス」同人。第20回日本伝統俳句協会新人賞受賞。
【岸田祐子のバックナンバー】
〔1〕今日何も彼もなにもかも春らしく 稲畑汀子
〔2〕自転車がひいてよぎりし春日影 波多野爽波
〔3〕朝寝して居り電話又鳴つてをり 星野立子
〔4〕ゆく春や心に秘めて育つもの 松尾いはほ
◆映画版も大ヒットしたバスケットボール漫画の金字塔『SLAM DUNK』。連載当時に発売された通常版(全31巻)のほか、2001年3月から順次発売された「完全版」(全24巻)、2018年に発売された「新装再編版」(全20巻)があります。管理人の推しは、神宗一郎。