触れあって無傷でいたいさくらんぼ
田邊香代子
わが俳句の師である復本一郎先生は擬人化の句を好まない。それゆえ私もそれに倣い、普段は擬人化の句を作らない・とらない。のだが、掲句はそんな理屈抜きにいいな、と思った。
周りのさくらんぼ達と一緒にいたい、くっついていたい仲間意識。けれどもその接触によって傷つきたくはないゆるい平和主義。さくらんぼの、薄くもツルツルと光沢のある皮は、その「くっついても傷つかない」ギリギリのところを狙ってあの質感になったのではないかとさえ思えてくる。皮の中身のジューシーで柔らかい部分も、ただ繊細なのではなく、意外に計算高くあざとい感じがしてくる。甘酸っぱい味とあの可愛らしい外見に我々は騙されていたのではないだろうか——それでもさくらんぼを愛さずにはいられないのだが。
読めば読むほどさくらんぼのキャラクターが見え、意思のあるさくらんぼが脳内で動き出すのは擬人化が成功している証拠だろう。
この句の評を復本先生に求めたら、なんと仰るだろうか。
田邊香代子氏の作品には擬人化の句が多い。
葛の葉の葛であることいやでいやで
すずしろと呼ばれますます辛くなる
泳ぎたい目刺しにされて泳げない
たましいの留守をあずかるわらびもち
むむむむむむと筍が肉声で
田邊氏が、句作を始める前に詩を書いていたことと関係があるのかもしれない。
(柴田麻美子)
【執筆者プロフィール】
柴田麻美子(しばた・まみこ)
1979年生まれ
2010年「鬼」入会、以後復本一郎に師事。
2011年「鬼」新人賞
2022年「阿」入会
2024年より「阿」編集長
【2025年6月のハイクノミカタ】
〔6月3日〕汽水域ゆふなぎに私語ゆづりあひ 楠本奇蹄
【2025年5月のハイクノミカタ】
〔5月1日〕天国は歴史ある国しやぼんだま 島田道峻
〔5月2日〕生きてゐて互いに笑ふ涼しさよ 橋爪巨籟
〔5月3日〕ふらここの音の錆びつく夕まぐれ 倉持梨恵
〔5月4日〕春の山からしあわせと今何か言った様だ 平田修
〔5月5日〕いじめると陽炎となる妹よ 仁平勝
〔5月6日〕薄つぺらい虹だ子供をさらふには 土井探花
〔5月7日〕日本の苺ショートを恋しかる 長嶋有
〔5月8日〕おやすみ
〔5月9日〕みじかくて耳にはさみて洗ひ髪 下田實花
〔5月10日〕熔岩の大きく割れて草涼し 中村雅樹
〔5月11日〕逃げの悲しみおぼえ梅くもらせる 平田修
〔5月12日〕死がふたりを分かつまで剝くレタスかな 西原天気
〔5月13日〕姥捨つるたびに螢の指得るも 田中目八
〔5月14日〕青梅の最も青き時の旅 細見綾子
〔5月15日〕萬緑や死は一弾を以て足る 上田五千石
〔5月16日〕彼のことを聞いてみたくて目を薔薇に 今井千鶴子
〔5月17日〕飛び来たり翅をたゝめば紅娘 車谷長吉
〔5月18日〕夏の月あの貧乏人どうしてるかな 平田修
〔5月19日〕土星の輪涼しく見えて婚約す 堀口星眠
〔5月20日〕汗疹とは治せる病平城京 井口可奈
〔5月21日〕帰省せりシチューで米を食ふ家に 山本たくみ
〔5月22日〕胸指して此処と言ひけり青嵐 藤井あかり
〔5月23日〕やす扇ばり/\開きあふぎけり 高濱虚子
〔5月24日〕仔馬にも少し荷をつけ時鳥 橋本鶏二
〔5月25日〕海豚の子上陸すな〜パンツないぞ 小林健一郎
〔5月26日〕籐椅子飴色何々婚に関係なし 鈴木榮子
〔5月27日〕ソフトクリーム一緒に死んでくれますやうに 垂水文弥
〔5月28日〕蝶よ旅は車体を擦つてもつづく 大塚凱
〔5月29日〕ひるがほや死はただ真白な未来 奥坂まや
〔5月30日〕人生の今を華とし風薫る 深見けん二