仰向けに冬川流れ無一文 成田千空【季語=冬川(冬)】


仰向けに冬川流れ無一文

成田千空

 千空の飯詰村での帰農生活は敗戦とほぼ同時に始まり、その翌年の昭和21年(1946・千空25歳)11月には中村草田男主宰の『萬緑』が創刊される。千空は朝日新聞の広告欄で『萬緑』創刊を知り、直ちに入会した。

 千空はその入会理由を「現代の俳句をいろいろと読んで、いちばん多くの句をおぼえている俳人は草田男でした。わからない句が多いのも草田男でした。それがまた魅力でもあり、草田男に学ぶしかないと思っていましたから、『萬緑』の創刊は実にうれしい戦後の出来ごとでした」と語っている。

 たびたび遅刊のあった『萬緑』であったが、創刊から2年後の昭和23年(1948・千空27歳)に、千空は以下の五句で初めて雑詠欄の巻頭となる。

空蟬の脚のつめたきこのさみしさ
炎ゆる砂地掠めし燕懐かしや
大望に遠く杭ぜに菜屑溜る
父の日の餅あしつよき餅をつく
父の日の夜に入る煖爐赤くしぬ

  ☆

 『萬緑』の実力派の新人として頭角を現し始め、一見順風満帆に見えた千空であったが、実は内心は少し焦りを感じ始めていた。

 千空は昭和24年(1949年・千空28歳)に、こんな手紙を知人へと送っている。

 「僕の俳句ですが、これはまた、俳句なのか俳句でないのか、わからなくなって来ました。俳句とはこういうものだという俳句の本質の究明は、今の僕にはだんだん第二義的な努力になって来ています。若し、かりに、ある人間の誠実な考えが俳句に盛りきれないとして、この場合、俳句というものは斯ういうものだというので、その盛りきれないものをすっかり捨てて、俳句を作るというわけにゆくでしょうか。これは明らかに俳句青年的な考え方ではなく、文学青年的な考えだと思います。(中略)俳句を愛していながら、反面、俳句に嫌気がさしている二重性。自分の俳句が、俳句なのか俳句でないのかわからないゆえんです。」

 「この事が俳句を進歩させるのか、停滞させるのか、わからないけれども(そして、この問題も、今の僕には第二義の感が深いけれども)確かに言(ママ)ることは、古い人々も新しい人々も一応ここに立ちかえる必要があるのではないかという事です。つまり、すでに手垢がついてしまっている感じの、『いかに生くべきか』の場に、遅ればせながら立ちどまることの必要さです。(中略)現代の俳人の多くは利巧に現実とのバランスをとっていて破綻がなく、人間が感ぜられても、前を向いている人間が感ぜられないということになっているようです。だから、俳句雑誌の中で俳句を見ている限りでは、うまいなあと思う俳句でも、『現実に生きている。生きたい。どういうふうに。何のために』というわれわれの日常の苦悩の場からは、おそろしく小っぽけなものに見(ママ)てしまう。」

 「僕はやはり第一義の生き方をしたい。(ここを押しすすめて、俳句では駄目だという確信がついたら潔く俳句から別れよう。というのが僕の個人的な考えです。間違っているかも知れません。しかし誠実に俳句にぶつかっている以上仕方のないことだという感が深いのです)。この考えを僕は故意にカッコでくるんで置きました。つまり、僕は俳句を愛しているから」。

 それは、もうすぐ30歳を迎えるにも関わらず、いまだに姉の嫁ぎ先であり、母の生家でもある家で一間を借りつつ、帰農生活を送っている自分自身への不甲斐なさと、一度「青春の挫折」という苦い経験を味わった過去に依る不安。そしてそこから、自立して生きていかなければならないという、青年ゆえの独立心から来るもどかしさと焦りもあったかもしれない。

 この手紙と時を同じくして、千空は五所川原で自分の書店を開こうと日々奮闘していた。

  ☆

 こうした複雑な心境のなか、千空は昭和24年(1949・千空28歳)に一度東京へと赴いている。

 上京の主な目的は三つ。五所川原での書店開業に向けての取次会社の選定。吉祥寺に住む中村草田男への訪問。そして、片思いの相手・Aちゃんへの訪問であった。

 10月31日
 上京前に目星をつけていた取次会社は頼りなさそうなところだったので諦め、神田をぶらぶらしていた時に見つけた会社に商談を持ちかける。社長のいかにも金儲け主義な態度があまり気に入らなかったが、他に探すのも面倒になって結局商談が成立。本の取次先が決まる。

 11月1日
 いよいよ初めて、師である草田男と会うことになる。千空も自身の複雑な心境をなんとか打破したく、師のもとに直接赴いたのかもしれない。

 自宅に付くと、玄関から直子夫人が現れる。千空が名刺を渡すと、ちょっと驚いた様子で声をあげ、奥の部屋にいる草田男へと呼びかける。草田男が奥から現れると、「よくおいでになられましたね」と静かに声を掛け、千空を客間へと案内する。

 千空はこの草田男訪問を自身の日記で、「先生は常に一とすみに眼をやっていて、ぽつりぽつりと話される。ときどきついと僕の方を見る。実に誠実なまなざしである。ごまかしの利かない眼だと思った。熱のこもったことを、病人みたいに静かに話すのである」と記している。

 千空と草田男の会話は俗っぽいことは話題にせず、芸術のこと、文学のこと、俳句のことに及んだ。そして、草田男は千空に向かってポツリとこう告げる。

「この頃、千空さんすこし焦り気味ですね。一つの場から一つの場に変るときは、大てい浪形にゆくんです、一句をつくる。おや前と同じどころだぞと思う。すると焦り出す。そしてスランプが来るんです。千空さんは焦らない方がいい。意識したところから作品を出発させないように。だから焦らない方がいいのです。」

 千空はそれを受けて、「僕はこの頃迷いの雲がかかっているみたいで、以前みたいにぱっとゆかないんです。それになんだか雑用が多いものですから」と答えると、すぐに草田男も「そうですね、僕もこの4,5年というものは、及び腰で句をつくっている傾向でね」と答えて、とても暗い苦悩の顔をしたという。

11月2日
 千空は片思いの相手のAちゃんへ会いに根岸へと向かう。千空は上京前、「母は僕にAちゃんをすすめている、Aちゃんに対する僕の心は複雑である。愛しているなんていう気持ちとも違うのだけれども、昔から僕の心から離れない人であった。Aちゃんは今東京にいる。(Aちゃんが)仮にほかの人と結婚するにしても、僕の心の一点を占めている、そのもやもやする一点をはっきり焦点に合せて見たいとの思いがしきりに動いている」とAちゃんへの一途な思いを記している。

 けれども実際に再会したところ、よくある話といえばそうなのだが、Aちゃんは昔の青森のAちゃんではなく、東京で少し垢抜けたものの、「明るい親しみ深さが少なくなって、そのかわり利巧さにしっかりさが加わった感じ」の東京のAちゃんへと変っていた。

 千空はAちゃんを美術展へと誘って、翌日一緒にデートすることになるのだが、変わってしまったAちゃんを受け入れるには、まだまだ時間が必要であった。結局、千空は最後までAちゃんへの思いは秘めたまま青森へと帰り、書店開業への業務に忙殺されていくのであった。

  ☆

 そして、昭和25年(1950・千空29歳)、5年間に及んだ仮寓の身による帰農生活から自立し、千空念願の書店である「暖鳥文庫」を五所川原に開業する。

 翌年にはお見合いを数回経て石塚市子と結婚し、所帯を持つことになったのだが、その生活はまだまだ厳しいものであった。

 書店は間口一間半の小さなもので、家の横に井戸と簡単な流しがあり、夜になるとロウソクを立てて炊事をしなければならない。書店の奥に六畳ほどの部屋があるものの、大家の住まいと襖一枚隔てて続いており、唯一の明かり窓からは障子越しに雨雪が吹き込むような状況であった。

 そんな状況であるものの、千空は「米と味噌があれば貧乏はいとわない」と、生活の不満を一切口にせず、まさに清貧という言葉がふさわしいような生活であったという。

 掲句はそんな耐乏生活のさなかでの一句。広大な平野に大きな川が貫くように流れており、高台から見下ろすと、まさに川が仰向けになって横たわり、全身を晒しているように思える。蕭条として何もないさまが、まさに自分自身が横たわっているように感じられ、冬の川というその景が、次第に、そのまま自分の心情そのものへと合一していくのだ。

 草田男は、「外の実在の世界とうちの生命の世界とが一致した時に心の眼に感じられる光…これが実体であり、生命であり、詩の源である。」と語っている。

 まさに、景情一致。景すなわち情、情すなわち景が完璧に達成されている、千空の代表句の一つである。

 「無一文」という生活の極限状態にあるものの、どこかでその状況を安んじている千空のこころ弾みと、日向性がにわかにこの句に表現されていることも忘れてはならない。それは「無一文」という状況をも厭わない、あまりにあっけらかんとした詠みぶりによるものであろう。

 そこには、「現実に生きている。生きたい。どういうふうに。何のために」という文学青年的諸問題に一度立ち止まりつつも、それでもなお、前を向いて歩き始めている俳句青年的千空の姿が見て取れるのである。

北杜駿


【執筆者プロフィール】
北杜駿(ほくと・しゅん)
1989年生まれ。千葉県出身。現在は山梨県在住。2019年「森の座」入会、横澤放川に師事。2022年星野立子新人賞受賞。2023年森の座新人賞受賞。「森の座」同人。
Email: shun.hokuto@outlook.com


2020年10月からスタートした「ハイクノミカタ」。【シーズン1】は、月曜=日下野由季→篠崎央子(2021年7月〜)、火曜=鈴木牛後、水曜=月野ぽぽな、木曜=橋本直、金曜=阪西敦子、土曜=太田うさぎ、日曜=小津夜景さんという布陣で毎日、お届けしてきた記録がこちらです↓



【2023年10・11月の火曜日☆西生ゆかりのバックナンバー】
>>〔1〕猫と狆と狆が椎茸ふみあらす 島津亮
>>〔2〕赤福のたひらなへらもあたたかし 杉山久子
>>〔3〕五つずつ配れば四つ余る梨 箱森裕美
>>〔4〕湯の中にパスタのひらく花曇 森賀まり
>>〔5〕しやぼんだま死後は鏡の無き世界 佐々木啄実
>>〔6〕待春やうどんに絡む卵の黄 杉山久子
>>〔7〕もし呼んでよいなら桐の花を呼ぶ 高梨章
>>〔8〕或るときのたつた一つの干葡萄 阿部青鞋

【2023年11月・12月の水曜日☆北杜駿のバックナンバー】
>>〔9〕静臥ただ落葉降りつぐ音ばかり 成田千空
>>〔10〕綿虫や母あるかぎり死は難し 成田千空

【2023年10・11月の木曜日☆野名紅里のバックナンバー】
>>〔1〕黒岩さんと呼べば秋気のひとしきり 歌代美遥
>>〔2〕ロボットの手を拭いてやる秋灯下 杉山久子
>>〔3〕秋・紅茶・鳥はきよとんと幸福に 上田信治
>>〔4〕秋うらら他人が見てゐて樹が抱けぬ 小池康生
>>〔5〕縄跳をもつて大縄跳へ入る 小鳥遊五月
>>〔6〕裸木となりても鳥を匿へり 岡田由季
>>〔7〕水吸うて新聞あをし花八ツ手 森賀まり

【2023年9・10月の水曜日☆伊藤幹哲のバックナンバー】
>>〔1〕暮るるほど湖みえてくる白露かな 根岸善雄
>>〔2〕雨だれを聴きて信濃の濁り酒 德田千鶴子
>>〔3〕雨聴いて一つ灯に寄る今宵かな 村上鬼城
>>〔4〕旅いつも雲に抜かれて大花野  岩田奎
>>〔5〕背広よりニットに移す赤い羽根 野中亮介
>>〔6〕秋草の揺れの移れる体かな 涼野海音
>>〔7〕横顔は子規に若くなしラフランス 広渡敬雄
>>〔8〕萩にふり芒にそそぐ雨とこそ 久保田万太郎

【2023年8・9月の火曜日☆吉田哲二のバックナンバー】
>>〔1〕中干しの稲に力を雲の峰   本宮哲郎
>>〔2〕裸子の尻の青あざまてまてまて 小島健
>>〔3〕起座し得て爽涼の風背を渡る 肥田埜勝美
>>〔4〕鵙の朝肋あはれにかき抱く  石田波郷
>>〔5〕たべ飽きてとんとん歩く鴉の子 高野素十
>>〔6〕葛咲くや嬬恋村の字いくつ  石田波郷
>>〔7〕秋風や眼中のもの皆俳句 高浜虚子
>>〔8〕なきがらや秋風かよふ鼻の穴 飯田蛇笏
>>〔9〕百方に借あるごとし秋の暮 石塚友二

【2023年8月の木曜日☆宮本佳世乃のバックナンバー】
>>〔1〕妹は滝の扉を恣       小山玄紀
>>〔2〕すきとおるそこは太鼓をたたいてとおる 阿部完市
>>〔3〕葛の花来るなと言つたではないか 飯島晴子
>>〔4〕さういへばもう秋か風吹きにけり 今井杏太郎
>>〔5〕夏が淋しいジャングルジムを揺らす 五十嵐秀彦
>>〔6〕蟷螂にコップ被せて閉じ込むる 藤田哲史
>>〔7〕菊食うて夜といふなめらかな川 飯田晴
>>〔8〕片足はみづうみに立ち秋の人 藤本夕衣
>>〔9〕逢いたいと書いてはならぬ月と書く 池田澄子

【2023年7月の火曜日☆北杜駿のバックナンバー】

>>〔5〕「我が毒」ひとが薄めて名薬梅雨永し 中村草田男
>>〔6〕白夜の忠犬百骸挙げて石に近み 中村草田男
>>〔7〕折々己れにおどろく噴水時の中 中村草田男
>>〔8〕めぐりあひやその虹七色七代まで 中村草田男

【2023年7月の水曜日☆小滝肇のバックナンバー】

>>〔5〕数と俳句(一)
>>〔6〕数と俳句(二)
>>〔7〕数と俳句(三)
>>〔8〕数と俳句(四)

【2023年7月の木曜日☆近江文代のバックナンバー】

>>〔10〕来たことも見たこともなき宇都宮 筑紫磐井
>>〔11〕「月光」旅館/開けても開けてもドアがある 高柳重信
>>〔12〕コンビニの枇杷って輪郭だけ 原ゆき
>>〔13〕南浦和のダリヤを仮のあはれとす 摂津幸彦

【2023年6月の火曜日☆北杜駿のバックナンバー】

>>〔1〕田を植ゑるしづかな音へ出でにけり 中村草田男
>>〔2〕妻のみ恋し紅き蟹などを歎かめや  中村草田男
>>〔3〕虹の後さづけられたる旅へ発つ   中村草田男
>>〔4〕鶏鳴の多さよ夏の旅一歩      中村草田男

【2023年6月の水曜日☆古川朋子のバックナンバー】

>>〔6〕妹の手をとり水の香の方へ 小山玄紀
>>〔7〕金魚屋が路地を素通りしてゆきぬ 菖蒲あや
>>〔8〕白い部屋メロンのありてその匂ひ 上田信治
>>〔9〕夕凪を櫂ゆくバター塗るごとく 堀本裕樹

【2023年5月の火曜日☆千野千佳のバックナンバー】

>>〔5〕皮むけばバナナしりりと音すなり 犬星星人
>>〔6〕煮し蕗の透きとほりたり茎の虚  小澤實
>>〔7〕手の甲に子かまきりをり吹きて逃す 土屋幸代
>>〔8〕いつまでも死なぬ金魚と思ひしが 西村麒麟
>>〔9〕夏蝶の口くくくくと蜜に震ふ  堀本裕樹

【2023年5月の水曜日☆古川朋子のバックナンバー】

>>〔1〕遠き屋根に日のあたる春惜しみけり 久保田万太郎
>>〔2〕電車いままつしぐらなり桐の花 星野立子
>>〔3〕葉桜の頃の電車は突つ走る 波多野爽波
>>〔4〕薫風や今メンバー紹介のとこ 佐藤智子
>>〔5〕ハフハフと泳ぎだす蛭ぼく音痴 池禎章

【2023年4月の火曜日☆千野千佳のバックナンバー】

>>〔1〕春風にこぼれて赤し歯磨粉  正岡子規
>>〔2〕菜の花や部屋一室のラジオ局 相子智恵
>>〔3〕生きのよき魚つめたし花蘇芳 津川絵理子
>>〔4〕遠足や眠る先生はじめて見る 斉藤志歩

【2023年4月の水曜日☆山口遼也のバックナンバー】

>>〔6〕赤福の餡べつとりと山雪解 波多野爽波
>>〔7〕眼前にある花の句とその花と 田中裕明
>>〔8〕対岸の比良や比叡や麦青む 対中いずみ
>>〔9〕美しきものに火種と蝶の息 宇佐美魚目

【2023年3月の火曜日☆三倉十月のバックナンバー】

>>〔1〕窓眩し土を知らざるヒヤシンス 神野紗希
>>〔2〕家濡れて重たくなりぬ花辛夷  森賀まり
>>〔3〕菜の花月夜ですよネコが死ぬ夜ですよ 金原まさ子
>>〔4〕不健全図書を世に出しあたたかし 松本てふこ【←三倉十月さんの自選10句付】

【2023年3月の水曜日☆山口遼也のバックナンバー】

>>〔1〕鳥の巣に鳥が入つてゆくところ 波多野爽波
>>〔2〕砂浜の無数の笑窪鳥交る    鍵和田秞子
>>〔3〕大根の花まで飛んでありし下駄 波多野爽波
>>〔4〕カードキー旅寝の春の灯をともす トオイダイスケ
>>〔5〕桜貝長き翼の海の星      波多野爽波

【2023年2月の火曜日☆鈴木総史のバックナンバー】

>>〔6〕立春の零下二十度の吐息   三品吏紀
>>〔7〕背広来る来るジンギスカンを食べに来る 橋本喜夫
>>〔8〕北寄貝桶ゆすぶつて見せにけり 平川靖子
>>〔9〕地吹雪や蝦夷はからくれなゐの島 櫂未知子

【2023年2月の水曜日☆楠本奇蹄のバックナンバー】

>>〔1〕うらみつらみつらつら椿柵の向う 山岸由佳
>>〔2〕忘れゆくはやさで淡雪が乾く   佐々木紺
>>〔3〕雪虫のそつとくらがりそつと口笛 中嶋憲武
>>〔4〕さくら餅たちまち人に戻りけり  渋川京子

【2023年1月の火曜日☆鈴木総史のバックナンバー】

>>〔1〕年迎ふ父に胆石できたまま   島崎寛永
>>〔2〕初燈明背にあかつきの雪の音 髙橋千草
>>〔3〕蝦夷に生まれ金木犀の香を知らず 青山酔鳴
>>〔4〕流氷が繋ぐ北方領土かな   大槻独舟
>>〔5〕湖をこつんとのこし山眠る 松王かをり

【2023年1月の水曜日☆岡田由季のバックナンバー】

>>〔1〕さしあたり坐つてゐるか鵆見て 飯島晴子
>>〔2〕潜り際毬と見えたり鳰     中田剛
>>〔3〕笹鳴きに覚めて朝とも日暮れとも 中村苑子
>>〔4〕血を分けし者の寝息と梟と   遠藤由樹子

【2022年11・12月の火曜日☆赤松佑紀のバックナンバー】

>>〔1〕氷上と氷中同じ木のたましひ 板倉ケンタ
>>〔2〕凍港や旧露の街はありとのみ 山口誓子
>>〔3〕境内のぬかるみ神の発ちしあと 八染藍子
>>〔4〕舌荒れてをり猟銃に油差す 小澤實
>>〔5〕義士の日や途方に暮れて人の中 日原傳
>>〔6〕枯野ゆく最も遠き灯に魅かれ 鷹羽狩行
>>〔7〕胸の炎のボレロは雪をもて消さむ 文挾夫佐恵
>>〔8〕オルゴールめく牧舎にも聖夜の灯 鷹羽狩行
>>〔9〕去年今年詩累々とありにけり  竹下陶子

【2022年11・12月の水曜日☆近江文代のバックナンバー】

>>〔1〕泣きながら白鳥打てば雪がふる 松下カロ
>>〔2〕牡蠣フライ女の腹にて爆発する 大畑等
>>〔3〕誕生日の切符も自動改札に飲まれる 岡田幸生
>>〔4〕雪が降る千人針をご存じか 堀之内千代
>>〔5〕トローチのすつと消えすつと冬の滝 中嶋憲武
>>〔6〕鱶のあらい皿を洗えば皿は海 谷さやん
>>〔7〕橇にゐる母のざらざらしてきたる 宮本佳世乃
>>〔8〕セーターを脱いだかたちがすでに負け 岡野泰輔
>>〔9〕動かない方も温められている   芳賀博子

【2022年10月の火曜日☆太田うさぎ(復活!)のバックナンバー】

>>〔92〕老僧の忘れかけたる茸の城 小林衹郊
>>〔93〕輝きてビラ秋空にまだ高し  西澤春雪
>>〔94〕懐石の芋の葉にのり衣被    平林春子
>>〔95〕ひよんの実や昨日と違ふ風を見て   高橋安芸

【2022年9月の水曜日☆田口茉於のバックナンバー】

>>〔5〕運動会静かな廊下歩きをり  岡田由季
>>〔6〕後の月瑞穂の国の夜なりけり 村上鬼城
>>〔7〕秋冷やチーズに皮膚のやうなもの 小野あらた
>>〔8〕逢えぬなら思いぬ草紅葉にしゃがみ 池田澄子

【2022年9月の火曜日☆岡野泰輔のバックナンバー】

>>〔1〕帰るかな現金を白桃にして    原ゆき
>>〔2〕ビル、がく、ずれて、ゆくな、ん、てきれ、いき、れ なかはられいこ
>>〔3〕サフランもつて迅い太子についてゆく 飯島晴子
>>〔4〕琴墜ちてくる秋天をくらりくらり  金原まさ子

【2022年9月の水曜日☆田口茉於のバックナンバー】

>>〔1〕九月来る鏡の中の無音の樹   津川絵理子
>>〔2〕雨月なり後部座席に人眠らせ    榮猿丸
>>〔3〕秋思かがやくストローを嚙みながら 小川楓子
>>〔4〕いちじくを食べた子供の匂ひとか  鴇田智哉

【2022年6月の火曜日☆杉原祐之のバックナンバー】

>>〔1〕仔馬にも少し荷を付け時鳥    橋本鶏二
>>〔2〕ほととぎす孝君零君ききたまへ  京極杞陽
>>〔3〕いちまいの水田になりて暮れのこり 長谷川素逝
>>〔4〕雲の峰ぬつと東京駅の上     鈴木花蓑

【2022年6月の水曜日☆松野苑子のバックナンバー】

>>〔1〕でで虫の繰り出す肉に後れをとる 飯島晴子
>>〔2〕襖しめて空蟬を吹きくらすかな  飯島晴子
>>〔3〕螢とび疑ひぶかき親の箸     飯島晴子
>>〔4〕十薬の蕊高くわが荒野なり    飯島晴子
>>〔5〕丹田に力を入れて浮いて来い   飯島晴子

【2022年5月の火曜日☆沼尾將之のバックナンバー】

>>〔1〕田螺容れるほどに洗面器が古りし 加倉井秋を
>>〔2〕桐咲ける景色にいつも沼を感ず  加倉井秋を
>>〔3〕葉桜の夜へ手を出すための窓   加倉井秋を
>>〔4〕新綠を描くみどりをまぜてゐる  加倉井秋を
>>〔5〕美校生として征く額の花咲きぬ  加倉井秋を

【2022年5月の水曜日☆木田智美のバックナンバー】

>>〔1〕きりんの子かゞやく草を喰む五月  杉山久子
>>〔2〕甘き花呑みて緋鯉となりしかな   坊城俊樹
>>〔3〕ジェラートを売る青年の空腹よ   安里琉太
>>〔4〕いちごジャム塗れとおもちゃの剣で脅す 神野紗希

【2022年4月の火曜日☆九堂夜想のバックナンバー】

>>〔1〕回廊をのむ回廊のアヴェ・マリア  豊口陽子
>>〔2〕未生以前の石笛までも刎ねる    小野初江
>>〔3〕水鳥の和音に還る手毬唄      吉村毬子
>>〔4〕星老いる日の大蛤を生みぬ     三枝桂子

【2022年4月の水曜日☆大西朋のバックナンバー】

>>〔1〕大利根にほどけそめたる春の雲   安東次男
>>〔2〕回廊をのむ回廊のアヴェ・マリア  豊口陽子
>>〔3〕田に人のゐるやすらぎに春の雲  宇佐美魚目
>>〔4〕鶯や米原の町濡れやすく     加藤喜代子

【2022年3月の火曜日☆松尾清隆のバックナンバー】

>>〔1〕死はいやぞ其きさらぎの二日灸   正岡子規
>>〔2〕菜の花やはつとあかるき町はつれ  正岡子規
>>〔3〕春や昔十五万石の城下哉      正岡子規
>>〔4〕蛤の吐いたやうなる港かな     正岡子規
>>〔5〕おとつさんこんなに花がちつてるよ 正岡子規

【2022年3月の水曜日☆藤本智子のバックナンバー】

>>〔1〕蝌蚪乱れ一大交響楽おこる    野見山朱鳥
>>〔2〕廃墟春日首なきイエス胴なき使徒 野見山朱鳥
>>〔3〕春天の塔上翼なき人等      野見山朱鳥
>>〔4〕春星や言葉の棘はぬけがたし   野見山朱鳥
>>〔5〕春愁は人なき都会魚なき海    野見山朱鳥

【2022年2月の火曜日☆永山智郎のバックナンバー】

>>〔1〕年玉受く何も握れぬ手でありしが  髙柳克弘
>>〔2〕復讐の馬乗りの僕嗤っていた    福田若之
>>〔3〕片蔭の死角から攻め落としけり   兒玉鈴音
>>〔4〕おそろしき一直線の彼方かな     畠山弘

【2022年2月の水曜日☆内村恭子のバックナンバー】

>>〔1〕琅玕や一月沼の横たはり      石田波郷
>>〔2〕ミシン台並びやすめり針供養    石田波郷
>>〔3〕ひざにゐて猫涅槃図に間に合はず  有馬朗人
>>〔4〕仕る手に笛もなし古雛      松本たかし

【2022年1月の火曜日☆菅敦のバックナンバー】

>>〔1〕賀の客の若きあぐらはよかりけり 能村登四郎
>>〔2〕血を血で洗ふ絨毯の吸へる血は   中原道夫
>>〔3〕鉄瓶の音こそ佳けれ雪催      潮田幸司
>>〔4〕嗚呼これは温室独特の匂ひ      田口武

【2022年1月の水曜日☆吉田林檎のバックナンバー】

>>〔1〕水底に届かぬ雪の白さかな    蜂谷一人
>>〔2〕嚔して酒のあらかたこぼれたる  岸本葉子
>>〔3〕呼吸するごとく雪降るヘルシンキ 細谷喨々
>>〔4〕胎動に覚め金色の冬林檎     神野紗希

【2021年12月の火曜日☆小滝肇のバックナンバー】

>>〔1〕柿くへば鐘が鳴るなり法隆寺    正岡子規
>>〔2〕内装がしばらく見えて昼の火事   岡野泰輔
>>〔3〕なだらかな坂数へ日のとある日の 太田うさぎ
>>〔4〕共にゐてさみしき獣初しぐれ   中町とおと

【2021年12月の水曜日☆川原風人のバックナンバー】

>>〔1〕綿入が似合う淋しいけど似合う    大庭紫逢
>>〔2〕枯葉言ふ「最期とは軽いこの音さ」   林翔
>>〔3〕鏡台や猟銃音の湖心より      藺草慶子
>>〔4〕みな聖樹に吊られてをりぬ羽持てど 堀田季何
>>〔5〕ともかくもくはへし煙草懐手    木下夕爾

【2021年11月の火曜日☆望月清彦のバックナンバー】

>>〔1〕海くれて鴨のこゑほのかに白し      芭蕉
>>〔2〕木枯やたけにかくれてしづまりぬ    芭蕉
>>〔3〕葱白く洗ひたてたるさむさ哉      芭蕉
>>〔4〕埋火もきゆやなみだの烹る音      芭蕉
>>〔5-1〕蝶落ちて大音響の結氷期  富沢赤黄男【前編】
>>〔5-2〕蝶落ちて大音響の結氷期  富沢赤黄男【後編】

【2021年11月の水曜日☆町田無鹿のバックナンバー】

>>〔1〕秋灯机の上の幾山河        吉屋信子
>>〔2〕息ながきパイプオルガン底冷えす 津川絵理子
>>〔3〕後輩の女おでんに泣きじゃくる  加藤又三郎
>>〔4〕未婚一生洗ひし足袋の合掌す    寺田京子

【2021年10月の火曜日☆千々和恵美子のバックナンバー】

>>〔1〕橡の実のつぶて颪や豊前坊     杉田久女
>>〔2〕鶴の来るために大空あけて待つ  後藤比奈夫
>>〔3〕どつさりと菊着せられて切腹す   仙田洋子
>>〔4〕藁の栓してみちのくの濁酒     山口青邨

【2021年10月の水曜日☆小田島渚のバックナンバー】

>>〔1〕秋の川真白な石を拾ひけり   夏目漱石
>>〔2〕稻光 碎カレシモノ ヒシメキアイ 富澤赤黄男
>>〔3〕嵐の埠頭蹴る油にもまみれ針なき時計 赤尾兜子
>>〔4〕野分吾が鼻孔を出でて遊ぶかな   永田耕衣


【セクト・ポクリット管理人より読者のみなさまへ】

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