寒鯉の淋しらの眼のいま開く
生駒大祐
鯉の眼がクローズアップされて見えてくる。橋の上から池を見下ろすような遠さは、この句からは感じられない。むしろ眼前にいる。
鯉にまぶたはないが、目をつむるような動きをすることはあるそうだ。本当に目が開いたのかもしれない。あるいは、心象風景のなかで、目が見開かれたように感じたのかもしれない。
季語「寒鯉」の持つニュアンスにその美味しさが含まれていることを考えると、この鯉はまな板の上にいるように思われてくる。作中主体は捌く人なのだろうか。見られた、という感覚が手渡される。
作中主体が鯉の生命に立ち会い、そしてその出来事に読者が立ち会う。そんな連鎖が発生する句だ。〈淋しら〉は、淋しそうなさま、といった意味。この一語に深い憐れみを感じる。
掲句が収録されている「ねじまわし」第9号は、今月1日に開催された「文学フリマ東京39」で発売された。俳句作品だけでなく、前衛俳句に関する座談会や一句を一字ずつ読み進める企画「時間のかかる俳句」などテキストも面白い。あと、これは細かすぎるのだが、裏表紙の裏(表3)に地続きに記事を載せるあえての無造作も俳誌の佇まいに似合っていて好きなポイントのひとつだ。
文学フリマは短詩系では短歌の賑わいが圧倒的な印象だったけれど、最近は俳句も出店者が増えて熱い。「俳句を読みに行ける」イベントになってきている。
きゅゆゅうっと鳴る船のあり秋の雲 小川楓子
今回の文学フリマで初披露となった「KENOBI」Vol.1より。オノマトペが楽しい一句だ。聞こえた音を高精度で伝えようとするところに、心がほぐれた感じを受け取った。この少し長めなオノマトペを読む間、読者である僕もこの船の泊まる港に少しだけいられたような気がする。かわいいイラストや紙のざらざらな手ざわりも含めて素敵な一冊だ。
腕が出ている墓参の赤い車から 田島健一
「オルガン」39号より。ずっと前から文学フリマに出店している俳誌である。墓地に停めた車の窓から腕を出している人がいて、それを遠くから見ている、と読んだ。煙草でも吸っているのかもしれない。墓石の灰色や木々の緑のなかで赤い車が鮮やかだ。腕に生命力を感じる。「特集 池田澄子」も面白かった。
あたかも文学フリマに行ってきたかのように書いてきたけれど、実は会場には行けなかった。仕事が忙しくて、なくなく断念したのだった。取り上げた3誌は通販など別の方法で今日までに購入できたものである。会場に行けたらもっといろいろ読めて、ここで感想を伝えることもできたなあ、というのが心残りだ。
(友定洸太)
【執筆者プロフィール】
友定洸太(ともさだ・こうた)
1990年生まれ。2011年、長嶋有主催の「なんでしょう句会」で作句開始。2022年、全国俳誌協会第4回新人賞鴇田智哉奨励賞受賞。「傍点」同人。
2020年10月からスタートした「ハイクノミカタ」。【シーズン1】は、月曜=日下野由季→篠崎央子(2021年7月〜)、火曜=鈴木牛後、水曜=月野ぽぽな、木曜=橋本直、金曜=阪西敦子、土曜=太田うさぎ、日曜=小津夜景さんという布陣で毎日、お届けしてきた記録がこちらです↓
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