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鶯に蔵をつめたくしておかむ 飯島晴子【季語=鶯(春)】


に蔵をつめたくしておかむ)

飯島晴子

当然「に」がポイントとなるわけである。鶯のために、というニュアンスが一番すんなりと受け入れられそうだが、蔵をつめたくすることがどのように鶯のためになるのかということを考えたい。どうも、俳句は「曖昧さを楽しむ」というような読み方がされがちなのだが、多義でもよいからしっかり解釈を試みなければ、句を読んだことにはならないだろう。この句の場合、最初に浮かぶのは鶯が蔵の中に入ってくるので、気に召すように冷たくするということである。

次に、鶯が声を響かせるのに最適な冷たい空間を用意するという読みが浮かぶ。鶯の本意からすればむしろ後者の方に重心があるかもしれない。また、春子は鶯に「寒色の方に寄った引き緊まったイメージ」を持つというが、この句は、春の鶯をそのイメージへと引き寄せる操作のようにもおもわれる。 掲句でもう一つ重要なのは「おかむ」である。事前に準備しておこうという気持ちは然ることながら、一旦準備を済ませたら立ち去り、あとは鶯に好きにその冷たさを利用してもらおうというニュアンスが微量感じられないだろうか。

以前、晴子にとって鶯は身近な存在であってはいけないと書いたが、この句でもまた、自分がその場からいなくなることで、鶯に存分に鶯らしく振る舞ってもらおうという、一種の敬意を払っているようではないだろうか。

小山玄紀


【執筆者プロフィール】
小山玄紀(こやま・げんき)
平成九年大阪生。櫂未知子・佐藤郁良に師事、「群青」同人。第六回星野立子新人賞、第六回俳句四季新人賞。句集に『ぼうぶら』。俳人協会会員


小山玄紀さんの句集『ぼうぶら』(2022年)はこちら↓】


【小山玄紀のバックナンバー】
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>>〔46〕辛酸のほどは椿の絵をかけて 飯島晴子
>>〔45〕白梅や粥の面てを裏切らむ 飯島晴子
>>〔44〕雪兎なんぼつくれば声通る 飯島晴子
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>>〔42〕ひきつゞき身のそばにおく雪兎 飯島晴子
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>>〔3〕人とゆく野にうぐひすの貌強き 飯島晴子
>>〔2〕やつと大きい茶籠といつしよに眠らされ 飯島晴子
>>〔1〕幼子の手の腥き春の空   飯島晴子


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