【秋の季語】吾亦紅

【秋の季語=仲秋(9月)】吾亦紅

吾亦紅は、9月ごろになると山野でよく見かけます。

大きさは、1メートル以下、日当たりのよい草原などに生えていることが多いですね。

上のほうで枝分かれして(=割れて)いるから、ワレモコウという名前がついている気がするのですが、名前には諸説あり。漢字表記においては、吾木香、我毛紅、我毛香、我妹紅など様々に書かれてきましたが、「〜もまた」を意味する「亦」を「も」と読み、「吾亦紅」と書くのが現代では一般的です。俳句でも基本はこれ。

秋の花としては、昔からのスタンダードで、『源氏物語』にも出てきます。巻42『匂宮』ですね。

  秋は世の人のめづる女郎花 、

  小牡鹿 の妻にすめる萩の露にも、

  をさをさ御心移したまはず、老を忘るる菊に、

  衰へゆく藤袴、

  ものげなきわれもかうなどは、

  いとすさまじき霜枯れのころほひまで思し捨てずなど、

  わざとめきて、香にめづる思ひをなむ、

  立てて好ましうおはしける

というわけで、「ものげなき」というのは「超地味な」くらいの意味でしょうが、源氏亡きあと、ここでの主人公は、匂いフェチの「匂宮」(とその親友でいい匂いがする「薫」)。彼女は、匂いのしない女郎花などには見向きもせず、芳香のある梅、菊、藤袴、吾木香を好んだという設定でした。ちなみに、匂宮も薫も15歳。

そんなわけで歳時記では、この花が「女郎花」や「藤袴」というフェミニンな名称の秋の草花と並んでいるわけですが、ちょっと待って待って、吾亦紅って、匂いしなくない?? そうなんですよね。今では、吾亦紅って匂いがしないという人が圧倒的多数はなずなんです。

 (1)千年前の吾亦紅は匂いがした

 (2)人間の嗅覚が千年の間で変わった

のどちらかなのですが、こればかりは確かめようがない。

ご意見番のご意見をうかがってみましょう。

京都府立植物園名誉園長・松谷茂さん曰く、「日本人の嗅覚は千年たつと変化する」。というのも、実際に嗅いでみたそうなのです。

私がここで気になるのがワレモコウの香りというか匂いというか。菊は花を嗅いだり葉を揉むと独特のいい香りがするし、藤袴は切り取った葉や茎が半乾き状態のとき日本人好みの雅な香りが鼻をくすぐるので、なるほど菊も藤袴もかぐわしき植物として納得するのですが、ワレモコウの花の匂いはさて? 生態園の「小さな秋ゾーン」、私が勝手にそう呼んでいるエリアでの8月の午後、ギラギラ太陽のもと、ワレモコウの花粉が鼻に付くほど思いっきり近づけると「臭っ!」。 想定外、塩素系の匂いでした。 千年前、紫式部はワレモコウの香りを芳香と感じましたが、今を生きる私はどちらかというと臭い系に分類します。

古典の日絵巻 11月1日

アナール派の社会学がもっと日本で流行っていれば、誰か昔の嗅覚を解明してくれる方が出てきてくれるかもしれませんが、嗅覚って個人差ありますからねえ。紫式部の鼻がちょっと変態だっただけなのかも??

【関連季語】秋風、秋草、男郎花、女郎花、藤袴など。


【吾亦紅(上五)】
吾亦紅さして夫の忌古りにけり 高橋淡路女
吾亦紅霧が山越す音ならむ    篠田悌二郎
吾亦紅ぽつんぽつんと気ままなる  細見綾子
吾亦紅見わけみつめてゐたりしか 加藤楸邨
吾亦紅谿へだて行く影とわれ  千代田葛彦
吾亦紅信濃の夕日透きとほる  藤田湘子
吾亦紅風に言葉を置くやうに 佐藤博一
吾亦紅霧の奥にて陽が育つ 宮坂静生
吾亦紅いつしか吾も揺れてをり 栗原稜歩
吾亦紅には野の風のスタッカート 水田むつみ
吾亦紅風にふくらむ野の暮色 野中多佳子
吾亦紅触れ合ふことを嫌がれる 髙岡周子
吾亦紅しづかに花となりにけり 日下野由季

【吾亦紅(中七)】
此秋も吾亦紅よと見て過ぬ  白雄
日を吸へる吾亦紅あり山静か 清原枴童

折とつて珠のゆれあふ吾亦紅 高橋淡路女
山裾のありなしの日や吾亦紅 飯田蛇笏
拾ひたる石に色あり吾亦紅 長谷川かな女
朱の帯生涯似合へ吾亦紅 殿村菟絲子
夕風は絹の冷えもつ吾亦紅  有馬籌子
金婚のけふを妻なき吾亦紅   有働亨
天女より人女がよけれ吾亦紅 森澄雄


つまむことこの世にいとし吾亦紅 森澄雄
山の日のしみじみさせば吾亦紅  鷲谷七菜子
渾身のくれなゐならむ吾亦紅 澁谷道
草原に反歌の座あり吾亦紅 安西篤
甲斐駒の返す木霊や吾亦紅   山下喜子
神小さきものに宿れば吾亦紅  岩岡中正
西へ行く旅はひとりの吾亦紅 角川春樹
讃美歌は谷の村より吾亦紅  蓑毛長重
遠くきてみじかき旅や吾亦紅 菊地一雄
かなづかひとは揺れてゐる吾亦紅 西野文代
口癖の移して移る吾亦紅 江渡華子

【その他】
吾も亦紅なりとひそやかに 高浜虚子



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